長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『誰よりも狙われた男』

2020-03-28 | 映画レビュー(た)

 2014年、フィリップ・シーモア・ホフマンが死んだ。まだ46歳だった。死因は意外なことにドラッグだった。停滞とは真逆の充実したキャリアにあった彼だが、一作一作を真摯に取り組むその姿勢が精神を疲弊させたのかも知れない。そんな彼の最期の主演作となったのがジョン・ル・カレ原作『誰よりも狙われた男』である。

 ドイツはハンブルクに現れたイスラム過激派の青年を巡ってドイツ諜報局とCIAが暗躍する。ホフマン演じるギュンター・バッハマンは青年を泳がせることでさらなる大物を捕まえようと画策するが…。
 タバコと酒で枯らした声、だらしない身体、蒼白の顔…“世界を平和にする”ためスパイ活動に殉じる破滅的なまでのストイックさは今でこそ演技の高みを目指したホフマンとダブる。マーロン・ブランドをも彷彿とさせる貫禄と渋みは彼がキャリアの新たな領域に達しつつあった事が伺え、改めて無念がこみ上げた。

 アントン・コービン監督の引きの美学とタイトなジョン・ル・カレの筆致がマッチし、バイプレーヤー達の巧演が映画にコクをもたらした。ロビン・ライト、ウィレム・デフォーの雄弁な顔の皺、ピリリとサスペンスを締めるレイチェル・マクアダムス。ホフマンの傍らにピタと寄り添うニーナ・ホスのハードボイルドな華も見逃してはならない。

 終幕、ホフマンは怒りと哀しみの雄叫びを上げる。抑制から一転、気がふれたかのような凄まじい咆哮。それは演技の“高み”が指先をすり抜けたかのような、希求の瞬間にも思えた。ホフマンはさらなる領域を目指していたのだ。
 しかし、彼は車のドアを閉め、去っていってしまった。それが映画にとっても、ホフマンにとってもラストショットになってしまった。僕は寂しくて堪らないのである。


『誰よりも狙われた男』14・米、英、独
監督 アントン・コービン
出演 フィリップ・シーモア・ホフマン、レイチェル・マクアダムス、ウィレム・デフォー、ロビン・ライト、ニーナ・ホス、ダニエル・ブリュール

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