長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ジェニーの記憶』

2018-11-08 | 映画レビュー(し)

ジェニファー・フォックス、48歳。ドキュメンタリー作家。
ある日、実家の母から奇妙な電話がかかってきた。ジェニファーが13歳の時に書いた物語を読んだというのだ。
「あなた、虐待にあってたんじゃない!」
文章にはジェニファーと大人の男性の恋愛が書かれていた。
「そんな大げさに言うことじゃない。あれはちゃんとした恋愛だったし、当時の私は同年代の子よりもしっかりしていた」
だが母は言う「あなた、他の同級生よりもずっと背が低くて子供っぽかったわよ」。
そんなバカな。だが文章を読む毎に記憶は混濁する。あの時、いったい何があったのだろう?

『ジェニーの記憶』(=原題The Tale)は驚くべき事に監督ジェニファー・フォックスの実体験だという。彼女は自らの過去を暴くために帰省し、当時の関係者達に聞き込みを行っていく。背伸びした13歳の恋は男性コーチにレイプされた記憶の改竄だったのだ。映画は現実と作られた記憶を往復しながら、おぞましい性暴力の実態を浮き彫りにしていく。少女を特別扱いする事で優越感を持たせ、言葉巧みに両親から引き離していく犯人の卑劣な手口に怒りがこみ上げる。関係者への配慮からか、登場人物の名前は変えられており、ドキュメンタリー化が困難だった事が伺える。

だが、劇映画化した事で本作は俳優陣の素晴らしいパフォーマンスを得ており、それが監督にある種の浄化作用をもたらしたのかもしれない。キャリア絶頂期にあるローラ・ダーンは彼女ならではのダイナミックな芝居でノンフィクションを中和し、終幕の決着には胸がすく。また事件のきっかけとなった馬術講師Mrs.Gに扮するエリザベス・デビッキは13歳のジェニファーが憧れた“完璧な美人”に相応しい好キャスティング。フォックスが思い描く架空インタビューの中では悔恨と哀れさを滲ませ、名演である。

 終幕、対峙するフォックスと犯人は一瞬、相手の反応に驚いたような表情を見せる。それはまるでドキュメンタリー映画のような、カメラが偶発的に収めたかのような間合いである。“撮る”という行為を通じて自身のトラウマと客観的に向き合ったフォックス監督の強さに驚き、敬服してしまった。映画は人を救うことができるのかも知れない。


『ジェニーの記憶』18・米、独
監督 ジェニファー・フォックス
出演 ローラ・ダーン、エリザベス・デビッキ、エレン・バースティン
 

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