長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『すずめの戸締まり』

2022-11-26 | 映画レビュー(す)

 新海誠は宮崎駿の後継者なのか?『君の名は』の歴史的大ヒット以後、名前で確実に客を呼べる作家であり、熱狂的支持を得る彼の最新作は他の追随を許さない規模のスクリーン数で公開され、期待通りの大ヒットとなっている。

 主人公・鈴芽は日本各地で地震の引き金となる“後ろ戸”と閉じるべく旅を続ける青年・草太と出会う。彼ら“閉じ師”によって“みみず”が扉の向こうへと追いやられ、多くの震災が回避されてきたのだ。鈴芽が草太にひと目惚れする理由が“夢で見た運命の人だから”というのが新海ならではのロマンチシズムで、これに乗れれば巻頭から一気にスペクタクルを畳み掛ける彼のストーリーテリングに身を任せればいい。封印から解き放たれた化け猫“ダイジン”によって草太は三本脚のイスへと変えられ、一匹と一脚が転がり落ちるようなチェイスシーンはアニメーションならではの動的ダイナミズムがあって楽しい。

 ところがダイジンを追って鈴芽と草太が緑豊かな九州を離れると、映画はファンタジックなアクションものからロードムービーへと転調する。『竜とそばかすの姫』といい、現代の人気アニメ作家は田畑や森に物語世界を見出さず、田舎の高校生が電子マネーで東京まで移動できてしまう事よりも、動くイスと猫の動画がバズるリアリティラインが優先されるのか(ついでに言うと新海は素足や痴話喧嘩に冷ややかな目を向ける都会人の描写にこだわるが、実際は目もくれず無視するのではないか)。1人と一脚の旅路は静かに滅びゆく現在の日本の点描していく。土砂崩れによって滅びた学校、取り壊されることなく取り残された遊園地、そして早くも東京でクライマックスを迎えるとそこから映画はさらに東北を目指す。

 その道すがら、オープンカーを乗り回す大学生・芹澤が選曲したのは松任谷由実の『ルージュの伝言』だ。喋る猫、特殊な能力を持った少女の“お仕事”、そうかこれは新海版『魔女の宅急便』だったのか!とそこでようやく気付いたが、しかし新海が御大とは決定的に思想が異なることを見過ごしてはいけない。宮崎が一貫して自然とは人の力が及ばない、コントロールのできないものとして描いてきたのに対し、『すずめの戸締まり』は“閉じ師”という力を持った人間によって回避、制御できるものとして描かれている。

 筆者も3年ほど前、石巻の町を散策する機会があった。海に近い地域は住宅の再建がかなわず、辺り一帯の荒野が広がっていた。住宅の基礎部分だけが残された場所も多く、そこにはかつてあった人の営みを想起させる生活ゴミがまだ散らばっていた。30年後には日本の大多数の市町村が消滅するとも言われている中、そのきっかけがこれら震災となる地域も決して少なくないだろう。そんな消えゆく国に生きる子供たちに新海は「それでも生きていていい」という言葉を投げかける。それは首都の水没と引き換えに目の前にいる人への愛を成就させた『天気の子』の作家とは思えない、無責任な“大人”の言葉に思えてしまった。東日本大震災の生存者である少女を主人公とした本作は、巨大彗星によって命を落とした少女に同一化する『君の名は』の対となる作品だ。新海は近作3本で“震災”というモチーフを繰り返してきたが、ここでは2022年に語り直されるべき新たなテーマが獲得されているとはどうにも思えなかったのである。


『すずめの戸締まり』22・日
監督 新海誠
出演 原菜乃華、松村北斗、深津絵里、染谷将太、伊藤沙莉、神木隆之介 

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