長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』

2022-02-28 | 映画レビュー(ゆ)
 黒人差別に対するプロテストソング『奇妙な果実』を歌ったビリー・ホリデイと、その影響力を恐れたアメリカ政府の攻防を描く本作は、人種間対立が未だ終わる事のない現在に語り直されるべき物語だ。しかしながらリー・ダニエルズ監督は的確なストーリーテリングを見つけるには至っていない。ホリデイを語る上で欠かすことのできない暴力男や薬物、アルコールへの依存、精神疾患というモチーフはいずれも描き切れておらず、彼女の後半生を追う展開は凡百の伝記ドラマ同様、偉人の足跡を追うダイジェスト版に過ぎない。ついには木に吊るされた黒人一家を幻視するシーンで映画は露頭に迷ってしまったように見える。

 何よりリー・ダニエルズはビリー・ホリデイに扮したアンドラ・デイの偉大なパフォーマンスに応え切れていない。映画初主演にしてアカデミー主演女優賞にノミネートされたアンドラ・デイは、ホリデイの反骨精神とあまりに哀しい本質に迫り、何より歌唱シーンでは当人よりもややしゃがれた声で独自の解釈を与える事に成功している。これまで一世一代の演技を見せてきたシンガー俳優の系譜に名を連ねる名演であり、ぜひとも次の出演作を見てみたい“女優”である。

 ビリー・ホリデイと恋に落ちるFBI捜査官ジミー・フレッチャーに扮したトレバンテ・ローズがデイの相手役として全く申し分ないことも幸いした。『ムーンライト』の第3幕で主人公の青年時代を演じ、濃厚な愛の気配を漂わせた俳優だ。大人の男のアダルトな色気を持った役者であり、彼だからこそデイ演じるホリデイが惚れたのも頷ける。2人の濃密なラヴシーンは久々に体臭すら錯覚した。

 『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』は魅力的な題材を活かしきれていないが、アンドラ・デイとトレバンテ・ローズのケミストリーによってかろうじて見所を獲得している。映画では描かれない多くの逸話についてはぜひともインターネットを検索して、知識を補ってほしい所だ。


『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』21・米
監督 リー・ダニエルズ
出演 アンドラ・デイ、トレバンテ・ローズ、ギャレッド・ヘドランド、ナターシャ・リオン

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