長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『クワイエット・プレイス』

2018-10-06 | 映画レビュー(く)



ひょっとすると2018年は俳優出身監督の当たり年となるかも知れない。個性派俳優ポール・ダノが『ワイルドライフ』で、ジョナ・ヒルが『mid90s』で監督デビューを果たし、各映画祭で評価を獲得。そして人気俳優ブラッドリー・クーパーがやはりデビュー作『アリー/スター誕生』でオスカー最有力という大評判だ。いずれも名監督の作品に出演してきた経験値や製作テクノロジーの向上、何より彼らのシネフィル気質が処女作にして秀作以上の完成度をもたらしたのだろう。そんな彼らの先陣をきって上半期に大ヒットを飛ばしたのがジョン・クラシンスキー監督による本作『クワイエット・プレイス』だ。

失礼ながら俳優としてのクラシンスキーを意識した事は全くなく、改めてそのフィルモグラフィーを眺め「あの作品にも出ていたのか」と知ったくらいである。だが、本作の後ではその認識も改めるべきだろう。『クワイエット・プレイス』は全編に渡って集中力の漲った素晴らしいホラーであり、足し引きの計算された演出は新人ばなれしている。主人公一家の父親に扮したクラシンスキー自身のパフォーマンスもパワフルで感動的だ。今後、ベン・アフレックに続く俳優監督としてより評価を高めていくだろう。

物語は異常な聴力で人間を襲うクリーチャーによって人類のほとんどが死滅し、荒廃した世界でサバイバルを続ける一組の家族を描いている。両親と3人の子供たち。彼らは音を立てないよう素足で行動し、息をひそめ、会話は手話だ。95分の上映時間中、発する言葉はほんのわずかである。

 これまでの優れたホラー映画同様、『クワイエット・プレイス』における恐怖もメタファーだ。冒頭、ある事件によって心に傷を負った一家の断絶を描くための無言であり、その責任を感じ続ける長女にいたっては聾者である。そしてこの生きていくのもままならない世界で夫妻は間もなく新しい生命を迎えようとしている。トランプ政権発足後、社会不安を反映したホラーが次々と生まれるのではと『ゲット・アウト』の項でも触れたが、本作の恐怖もまたこの不安に満ちた世界で子供を産み、育て、果たして生きていけるのかという葛藤に見出されている。未だギーガーを超えられないクリーチャーに恐怖の本質はなく、むしろ家族ドラマの読後に近い。妻役エミリー・ブラント(実生活でもクラシンスキーの妻である)が素晴らしいのは言わずもがなだが、とりわけ我が子を守る決意を訴えた力強い演技は僕らの心を揺さぶり、それを受けたクラシンスキーも触発されたかのような名演である。

 牧歌的な田園風景が一転、恐怖の一夜が始まったことを告げる一面の赤いランプの鮮烈さ。そして怒りと生命の雄叫びを上げるクラシンスキー。目の離せない1本である。



『クワイエット・プレイス』18・米
監督 ジョン・クラシンスキー
出演 エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュプ

 

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