長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『83歳のやさしいスパイ』

2021-07-19 | 映画レビュー(は)

“80〜90歳の高齢男性求む”。
年金制度が崩壊し、生涯働かざるを得ない日本においてなんとも魅力的な求人に見えるかも知れないが、どうやらそれは南米チリも同じようだ。セルヒオさん83歳がドアを叩いたのはとある探偵事務所。老人ホームに母を預けた家族の依頼により、施設の虐待を調査するスパイの募集だったのだ。ろくろくスマートフォンも取り扱えないセルヒオさんだが、愛妻を亡くして4ヶ月。新たな人生を求めていた。

 マイテ・アルベルディ監督による本作はユニークな設定の微笑ましい1本だが、劇映画ではなくドキュメンタリーだ。撮影は老人ホームの許諾の下、セルヒオさんの素性を伏せて行われたという。なるほど、スパイの隠語も覚えられず、スピーカーモードで調査報告するセルヒオさんの姿に違和感を覚えたが、どうやらホーム側も「変わったおじいちゃんだな」くらいに思っていたのだろう。あらかじめこの事情を知って見てしまうと、おそらく本作はまるで面白くないかも知れない。

 セルヒオさんはその温和な性格と紳士的な身なりのおかげで瞬く間にホームの人気者となる。入居者達への“聞き込み”から浮かび上がるのは虐待の証拠ではなく、老いと孤独という人間誰もが直面する命題だ。セルヒオさんに心ときめかせる老女は何とも愛らしいが、すでに入所して25年だという。素晴らしい誌の朗読を披露する老女は、いったいどんな創作的研鑽を積んできたのだろう?家族に見捨てられ、子供返りして盗みを繰り返す老女を誰が非難できるだろう?そんな彼女達との出会いによって、セルヒオさんの人生もまた動き出すのである。

 人間は孤独な生き物かも知れないが、いくつになっても人との出会いが人生を彩るのだ。そんな本作は第93回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。


『83歳のやさしいスパイ』20・米
監督 マイテ・アルベルディ
出演 セルヒオ・チャミー、ロムロ・エイトケン

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