長内那由多のMovie Note

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『ナイトメア・アリー』

2022-04-09 | 映画レビュー(な)

 『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー作品賞他計4部門を制したギレルモ・デル・トロの最新作は、グッと格を上げた感のあるシックなホラー映画だ。これまで自身のオタク趣味を全開にした娯楽作と、スペインを舞台に陰惨な歴史と向き合う怪談を描いてきたデル・トロだが、本作では愛する異形の姿を出すことなく、然るべき2時間30分という時間をかけて人の心に巣食う獣性にスポットを当てている。その語り口はもはや名匠とも呼ぶべき風格だ。

 舞台は1930年代。降りしきる雨の中、流れ者の男スタンが旅芸人一座の元に辿り着く。怪力の大男、小人、電気を通す女、透視する占い師、そして鶏の生き血をすする“ギーク”らを見世物とするフリークショーが売りの一団で、スタンは読心術を謳った奇術に魅せられていく。数年後、人の心の奥底にあるトラウマを読み、死者と交流するメンタリストとして名を馳せたスタンは、彼のトリックを見破った妖艶な精神科医と結託して大富豪を騙そうと企むのだが…。

 なんとも奇妙なプロットだが、これはデル・トロのオリジナル脚本ではなく、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによる1946年の小説『悪夢小路』の再映画化だ。デル・トロが嬉々として撮り上げたであろうフリークショーの前半部が終わると、次に登場するのはゴージャスなブロンドが艶めかしいケイト・ブランシェット。ローレン・バコールを思わせる低音ボイスは往年のフィルム・ノワールにおけるファムファタールのそれであり、記号的なキャラクターを演じると形態模写の達人でもあるブランシェットの天才が光る。モンスター不在のデル・トロ映画において主人公を食い物にする彼女こそが怪物であり、ぬめりと足を組み替える淫靡な所作にはまるでデル・トロ映画の常連スーツアクター、ダグ・ジョーンズがブランシェットの生皮を被っているのではと錯覚してしまうほどだ。
 その他、ブランシェットとは『キャロル』以来のニアミスとなるルーニー・マーラや、デル・トロ映画初合流の怪優トニ・コレットにウィレム・デフォー、常連ロン・パールマンらオールスターが揃い、彼らを捌くデル・トロの手腕も堂に入ったものである。精力的な主演ブラッドリー・クーパーはこの役柄にやや歳を取りすぎている感もあるが、監督としてデル・トロ映画のノウハウを持ち帰っている事だろう。

 本作は全米で2021年末に公開されるも、『スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム』の歴史的大ヒットに埋没した。しかし円熟を深めるデル・トロという作家が新たなステージへと向かい始めた重要な1本であり、何より“大人の映画”である。クライマックスには怪談ならではの、心地よい寒気が待ち受けている。ぜひとも堪能してもらいたい。


『ナイトメア・アリー』21・米
監督 ギレルモ・デル・トロ
出演 ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ロン・パールマン、デヴィッド・ストラザーン、ホルト・マッキャラニー、クリフトン・コリンズ・Jr.、ティム・ブレイク・ネルソン、メアリー・スティーン・バージェン
 

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