長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『私は最悪。』

2022-09-11 | 映画レビュー(わ)

 ユリヤは医大生。でも、学校生活がどうにもピンと来ない。遺体の解剖を見てもふぅん、こんなものか。いや、私は人間の体内を見たいんじゃなくて、精神を見たいんだと心理学へ乗り換え。ところがひょんな事から写真に手を出してフォトグラファーを目指してみたり、何やら書き溜めてみたり。気付けば30歳目前。チャーミングなユリヤは当然モテる。衝動と欲望のままに恋人も変わり、結婚や子供を持つというヴィジョンも定まらないままここまで漂泊してしまった。そんな彼女を指して原題“The Worst Person in the World”とは辛辣が過ぎるが、しかしユリアはあっけらかんとしている。チャーミングな主演レナーテ・レインスベの細長い手足が、オスロの街に良く映える。

 とうに若者と呼べる歳ではない男のモラトリアムを描いた作品はこれまでも作られてきたが、主人公が女性となるとなかなか類似の映画が思いつかない。2020年代に入ってようやく父権社会の規範から外れた、自由気まま(そしてちょっとフーテン気質)な女性を軽やかに描くラブコメディの登場だ。脚本も手掛けるヨアキム・トリアー監督はそんな彼女を露悪的に描くことなく、その筆致は洗練。自分の本当の気持ちに気付いたヒロインが現実から脱するシーンで、映画にはファンタスティックな輝きが射し込む。

 なりたかった自分になる事もできず、他者と心の底から愛し合うこともなく、私は世界で最悪な女なのか?いいや、人と人が関わる以上、そこには必ず何かが生まれ、他人に及ぼした影響なんて自分は知る由もない。いつか誰かに「君は最高だ」と言われたら、人生まんざらでもないじゃないか。私はこのままでいいのだ。


『私は最悪。』21・ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、仏
監督 ヨアキム・トリアー
出演 レナーテ・レインスベ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、ハーバート・ノードラム

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 『プレデター:ザ・プレイ』 | トップ | 『ジュラシック・ワールド ... »

コメントを投稿

映画レビュー(わ)」カテゴリの最新記事