長内那由多のMovie Note

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『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』

2023-10-12 | 映画レビュー(わ)

 日本では4作品ぶりの劇場公開となったアルノー・デプレシャン監督。かつて“トリュフォーの再来”とまで謳われた俊英も今や62歳。軽やかさや奔放さは鳴りを潜め、『ルーベ、嘆きの光』『いつわり』の精細を欠いた語り口に、このまま作家主義の老匠に収まるのか…と思われが、新作『ブラザー&シスター』はすこぶる活気に満ちている。人物ににじり寄るカメラ、淡白とも言える編集のリズムは近年のアメリカ映画を思わせ、あらゆる映画を見て、あらゆるジャンルを網羅しようとするデプレシャンならではの筆致である。

 冒頭、6才の息子を亡くしたルイの悲嘆から映画は始まる。犬猿の仲である姉アリスは弔問に訪れるも、玄関に上がることすら許されない。廊下の暗闇で涙するマリオン・コティヤールの横顔を収めた瞬間、映画の成功は約束されたようなものだ。デプレシャンのみならず、あらゆる映画作家に「いつまでも撮っていたい」と言わしめるコティヤールは1度だって観客を失望させた事はないが、これほど長いキャリアにおいてテンションを保ち続けている俳優はそう多くないだろう。笑顔で「憎らしい」と弟に宣言し、人生の危機に心引き裂かれる彼女の神経症演技は、現役最高の風格である。

 時は流れ現在、田舎道を車で走る両親が事故に巻き込まれる。2人の目前を蛇行しながら迫る車影はほとんどホラー映画のような怖さで、ジャンルのミクスチャーであるデプレシャン節が効いている。親の危篤を受けて姉弟は再会を迫られるが、この期に及んでも互いを避け、鉢合わせることのないよう見舞いに通おうとする。デプレシャンは何度も過去と現在を往復しながら2人の憎しみの源流を辿るが、真相はアリスの口から語られてもなお曖昧だ。自分の庇護から離れた弟が許せなかったのか?いや、にわかに信じ難い理由は彼女の後付に過ぎないだろう。デプレシャンは肉親だけが抱き得る根拠のない憎しみに目を凝らし、肉親だけが成し得る和解の姿を捉えようとする。終幕の近親相姦的な密着さは姉と弟という関係性ゆえか。ドラマチックなダイアログと過剰なまでの怒りの発露が、人間の言葉にはできない感情を描出することに成功している。

 そしてデプレシャンは女優の監督である。思い返せば出世作『そして僕は恋をする』に端役で出演していたのがコティヤールだった。本作では彼女を囲んでルイのパートナー役にゴルシフテ・ファラハニが出演。ジャームッシュ映画(『パターソン』)からアクション(『タイラー・レイク』シリーズ)、デプレシャン映画まで幅広い作品で活躍する才媛である。アリスを慕って現れる移民ルチアに扮したのはコスミナ・ストラタン。クリスティアン・ムンジウ監督の『汚れなき祈り』でカンヌ映画祭女優賞を受賞したルーマニアの実力派だ。ルチアにもたらされる救済は映画冒頭、両親が救おうとした交通事故の少女に重ねられている。苛烈な争いの続く本作のささやかな癒やしであった。


『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』22・仏
監督 アルノー・デプレシャン
出演 マリオン・コティヤール、メルヴィル・プポー、ゴルシフテ・ファラハニ、コスミナ・ストラタン、パトリック・ティムシット

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