長内那由多のMovie Note

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『私の20世紀』

2022-08-26 | 映画レビュー(わ)
 イルディコー・エニェディ監督の2017年作『心と体と』はベルリン映画祭で金熊賞を受賞し、米アカデミー賞では外国語映画賞(現国際長編映画賞)にノミネート。監督にとって99年の『Simon,the Magician』以来、18年ぶりの長編作品だった。そして30年ぶりに日本で再公開された伝説的長編デビュー作『私の20世紀』を見ると、この監督が稀代ビジュアリストであり、語るべき物語を持った映像作家であることが良くわかる。

 モノクロームの漆黒を一帯に吊るされた電飾が照らし出す。時は1880年、エジソンによる電球の発明に世界が湧き立ち、宇宙の彼方からは星々が語りかけてくる。これは光が織り成す幻想奇譚であり、それは光と電気によって生まれた映画そのものである。時を同じくしてハンガリーのブタペストで双子の姉妹が生まれる。リリとドーラと名付けられた2人は程なくして孤児となり、生き別れる。そして物語は20世紀を目前とした1900年の大晦日へ。リリはテロを企てる革命運動家、ドーラは華麗な詐欺師となってオリエント急行に居合わせた。エニェディの語り口は自由闊達。セリフではなくヴィジュアルで物語を横断し、時にはチンパンジーが身の上話を繰り広げ、実験犬の主観でカメラが駆け出す。仄かに照らされたモノクロームとハンガリーのクラシカルなロケーションは息を呑む美しさだ。1989年のカンヌ映画祭では新人監督賞にあたるカメラドールに輝いた。

 そして産みの母も含めて1人3役を演じ分けるドロタ・セグダのコケティッシュな美しさに、観客は首ったけになること間違いない。革命に殉じる、しかし気弱で貞淑なリリと、小悪魔的で性的にも奔放なドーラ。紳士Zはこの異なる個性を持った2人と同時に恋に落ちていくのだが、リリもドーラも幸せにはならない。異なるペルソナに見えて2人は1人の女性が持ち得る二面性、一個の人格であり、そこからは抑圧される女性の“生きづらさ”が垣間見えてくる。リリが女性参政権を認める学術発表を聴講し、そこで酷い差別を受ける場面にかなりの時間が割かれているが、彼女の加担する活動はひょっとするとサフラジェット運動かも知れない。エニェディは本作におけるフェミニズムを「楽観的だった」と振り返っている。20世紀は光が照らし、電気が世界の距離を縮めた時代かも知れないが、彼女らがラストショットのように飛翔するまで現実にはさらなる時間を要するのだ。


『私の20世紀』89・ハンガリー、西ドイツ
監督 イルディコー・エニェディ
出演 ドロタ・セグダ、オレーグ・ヤンコンフスキー

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