長内那由多のMovie Note

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『リチャード・ジュエル』

2020-02-08 | 映画レビュー(り)

 御年89歳、クリント・イーストウッド監督のよどみない名人芸で作られた『リチャード・ジュエル』は近作同様、アメリカの名もない白人が主人公の実録ドラマだ。1996年、オリンピックに沸くアトランタで警備員を務めていたリチャード・ジュエルはイベント会場で爆発物を発見、いち早く観客を避難誘導させ被害を最小限に留める事に成功する。一躍、時の人としてもてはやされるリチャードであったが、加熱するメディアはあたかもリチャードが容疑者であるかのように報道し、彼はメディアリンチに晒されていく。

 視聴率至上主義のメディアが特定個人に対して社会的制裁を加える現象は本邦でも度々目にする虫唾の走る光景だが、リチャードの場合はこれに公権力であるFBIの冤罪も加わる。リチャードは母親と2人暮らしの中年男性、銃の愛護者、度々の逮捕歴という遍歴がプロファイリングに合致してしまったのだ。彼はかつてバイト先で知り合った弁護士ワトソン・ブライアントに助けを求める。

 近年では『アメリカン・スナイパー』でも描かれていたようにこれまで同様、本作は善良(そして愚鈍でもある)な主人公が蹂躙される物語であり、イーストウッドの権力に対する強い不信がある。特に誤報記事を打ち出す新聞記者キャシー・スラッグスを演じるオリヴィア・ワイルドの獰猛さはまるで『ネットワーク』のフェイ・ダナウェイのように嫌悪感を誘う演出が施されている。
 本作最大の問題として物議を醸しているのが既に故人であるスラッグスがセックスを使ってFBIの捜査情報を聞き出し、誤報を打ち出したと描写されている点だ。当人が反証できないこの映画に対して同僚たちはボイコットを訴えており、これが影響したのか本作はイーストウッド映画史上ワーストの興収記録をマークした。女性にも悪人はいるという御大流の#Me tooに対するカウンターなのか。これまでも度々、垣間見せてきた女性嫌悪にこの特異な映画作家の奇妙な捻じれを見て興味深いが、晩節を汚したと言っても過言ではないだろう。2019年は監督作『ブックスマート』が絶賛された明晰なオリヴィア・ワイルドもなぜこの役を引き受けたのか。脚本も社会派の名手ビリー・レイである。

 しかしながら、イーストウッドの演出に俳優陣も最高のアンサンブルで応えており、見所たっぷりだ。『アイ、トーニャ』『ブラック・クランズマン』から続いてホワイトトラッシュが十八番となった主演ポール・ウォルター・ハウザーや、何時も彼らしい大らかさを持って演じるワトソン役サム・ロックウェルの名演はいつまでも見ていたい程である。受けの芝居で気丈な母を演じたキャシー・ベイツはアカデミー助演女優賞にノミネート。終幕で観客の涙を誘う。

 さてイーストウッドはこのまま老いて終わるのか、それとも今再び時代を捉え直すのか。まだ撮る体力はありそうだが、さて。


『リチャード・ジュエル』19・米
監督 クリント・イーストウッド
出演 ポール・ウォルター・ハウザー、サム・ロックウェル、キャシー・ベイツ、オリヴィア・ワイルド、ジョン・ハム
 

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