長内那由多のMovie Note

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『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』

2020-02-08 | 映画レビュー(な)

 『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』で大人気シリーズを換骨奪胎し、物議を醸したライアン・ジョンソン監督の最新作はガラっと変わってアガサ・クリスティ風のミステリーだ。大人気作家である富豪が殺される。容疑者はひと癖もふた癖もある家族達、事件に挑むのはポアロよろしく風変りな名探偵ブランだ。ジョンソン監督はグッと肩の力を抜いてジャンル映画の本歌取りを楽しんでおり、キャストの豪華な顔ぶれにハリウッドもその才能を放っておけないことが良くわかる。

 2010年代の終わりになぜオリジナル脚本でアガサ・クリスティへのオマージュなのかと思えば、ミステリーは“ガワ”でテーマはトランプ時代のアメリカだ。本作は『刑事コロンボ』よろしく映画の前半で早々に事件の詳細を明かしており、僕たちはこの美しく善良な人物が逮捕されないようにと願ってしまう。アナ・デ・アルマスが演じる南米移民の看護師はその献身的優しさから作家と友情を築くが、作家の家族は誰1人彼女の出身地を正確に言えず、まるで施しのように「ウチで面倒を見てやるから」と宣う。アメリカ社会の白人は今や人口の30パーセントに過ぎないにも関わらず、彼らは今なおアメリカの支配者を自負し、大半を占めるヒスパニックはじめとした移民を“異物”と見なしているのだ。最近、明らかになった研究によるとトランプの支持層は白人貧困層ではなく、移民によって現在の位置から転落する事を怖れた白人中産階級層だと言うのだから、まさに本作の白人登場人物達そのものではないか。演じるのはジェイミー・リー・カーティス、ドン・ジョンソン、マイケル・シャノン、トニ・コレットという強面の演技強打者達だ。

 そしてキャプテン・アメリカスーツを脱いだクリス・エヴァンスが従来の持ち役であったヘラヘラした兄ちゃんを喜々として演じ、ライアン・ジョンソンと確信的犯行に及ぶ。ジョンソンはキャプテン・アメリカに「オレの家(アメリカ)から出ていけ」と言わせ、「バーカ、ここはずっと前から移民の家だよ」とへし折るのだ。

 アガサ・クリスティ映画の定石としてオールスターキャストが売りの本作だが、実質の主演はアナ・デ・アルマスだ。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『ブレードランナー2049』、本作のライアン・ジョンソン、そして4月にはキャリー・ジョージ・フクナガ監督『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』と気鋭監督作が連続しており、まさに旬の女優である。ジョンソンは彼女の泣き顔を美しく撮っており、2度目に流す大粒の涙は本作の感情的ハイライトとなる。本作でルックスのみならず、その実力を証明したと言っていいだろう。

 彼女は白人たちを指して言う「あの人たちが心配」。
白人同士で身を寄せ合い、自ら殻にこもればアメリカは移民の国というアイデンティティを失い、やがて滅んでしまうだろう。ジョンソンはこの分断を繋ぎとめるのが移民であると希望を託しているのだ。


『ナイブズ・アウト 名探偵と刃の館の秘密』19・米
監督 ライアン・ジョンソン
出演 ダニエル・クレイグ、アナ・デ・アルマス、クリス・エヴァンス、ジェイミー・リー・カーティス、クリストファー・プラマー、ドン・ジョンソン、マイケル・シャノン、トニ・コレット、キャサリン・ラングフォード、ラキース・スタンフィールド、ノア・セガン


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