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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『コネチカットにさよならを』

2018-12-13 | 映画レビュー(こ)

近年『ローグ・ワン/スター・ウォーズ ストーリー』『レディ・プレイヤー1』の御陰で一躍メジャーとなった感のある俳優ベン・メンデルソーン。オーストラリア出身の49歳になるこの俳優はまさに知る人ぞ知る名脇役だっただけに、ネット界隈で所謂“イケオジ”扱いされているのを見ると何とも感慨深いものがある。筆者はオーストラリア時代の96年製作『ハーモニー』から見ていたが、その後ハリウッドに渡ってからもしばらくは食えず、同郷ヒース・レジャー宅で居候していたという話を聞いてその苦労人ぶりに驚いた。年輪を重ねた今だからこそ『ウィンストン・チャーチル』のジョージ6世役で見せた貫禄、渋味は絶品である。

 だが、どちらかと言えば彼の持ち役は“ダメ男”ではないだろうか。本作の主人公アンドレは株式ブローカーとして一財を築くも、人生の意味に疑問を抱いて早期退職。結果、家族には去られ、家のローン返済は滞り、セックスも不調の今日この頃だ。ニコール・ホロフセナー監督は中年の危機をユーモラスに綴り、エリザベス・マーヴェルやビル・キャンプら熟練俳優陣のアンサンブルも楽し気だ。斬新さはないが、稀少なメンデルソーン主演作としてファンはぜひ押さえておくべきだろう。


『コネチカットにさよならを』18・米
監督 ニコール・ホロフセナー
出演 ベン・メンデルソーン、ビル・キャンプ、エリザベス・マーヴェル
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『恋は雨上がりのように』

2018-06-05 | 映画レビュー(こ)

女子高生が45歳の中年男性に恋をする、というプロットにうっかりポリコレ棒を握ってしまったのか、どうにも色眼鏡で見てしまった。恋に理由はなくても表現作品は恋におちる瞬間を描写できなくてはならないだろう。ヒロイン・小松菜奈は映画の冒頭からほとんど理由もなく(そう見える)45歳・大泉洋にその思いの丈をぶつけ続ける。大泉は理性的に接しようとするが、デートに行ったり家に上げたりと脇が甘く、最後の場面は間違いなく東京から江の島辺りまで遠出している。いいのか。まぁ、いいや。

とはいえ、小松菜奈のアイドル映画としては絶対的に正しい作品だ。小手先ばかりのフェティッシュな演出なぞ軽く凌駕してしまう彼女の存在感はどこか妖しさすら秘めており、その美しさはスクリーンに良く映える。彼女に「好きです!」とか言われたらこんな穏便な展開の映画にならないよ!
 おそらく小松菜奈自身の志向も高いだろうし、これまでにも十分にキャリアを積んでいるのだから、そろそろアイドル映画からは解放されていい頃合いだろう。そういう意味では貴重な1本だ。


『恋は雨上がりのように』18・日
監督 永井聡
出演 小松菜奈、大泉洋
 
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『心と体と』

2018-05-02 | 映画レビュー(こ)

なんて繊細な映画なんだろう。
しんしんと雪が降りしきる森の中で牡鹿と雌鹿が出会う。この世ならざる静謐な空間。度々、挿入されるこの場面はやがて主人公2人の見る夢とわかる。

ハンガリーはブタペスト。食肉処理工場で管理職を務めるエンドレは人に心を閉ざした孤独な中年だ。バツイチ。右手はいつからなのか、障害を抱え動かす事ができない。おそらくそれも彼を卑屈にした原因の1つだろう。

そこへ代理職員としてマーリアという女性がやって来る。透き通るような美しい金色の髪。彼女は心に障害を抱え、他人と触れる事はおろか会話すらままならない。ある事件をきっかけに2人は毎夜同じ夢を見て、鹿として巡り会っている事を知る。

現実世界ではろくろくコミュニケーションを取れない2人だが、夢の中では言葉を交わさずとも心を通じ合わせる事ができる。鼻を擦り寄せ合い、葉を噛み、水を飲む。だが、人は言葉を介して繋がる生き物だ。しばしば映される食肉処理工場での詳細な解体プロセスが人と動物を分かつ。不器用な2人が時折見せる笑顔の優しさに、僕も頬が緩んだ。いじらしい2人のやり取り。あぁ、人と人が交わる事はなんと困難なことか!演じるアレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニの真心のこもった演技が素晴らしい。

 監督イルディコー・エニェディは1990年『わたしの20世紀』でカンヌ映画祭カメラドールを受賞し、華々しくデビューしながらもその後、長編映画を撮る事はままならなかった。そんな挫折を抱えた人だからこそ到達できる温かさを持った映画だ。ベルリン国際映画祭では最高賞にあたる金熊賞を受賞した。


『心と体と』17・ハンガリー
監督 イルディコー・エニェディ
出演 アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニ
 

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『ゴッホ 最期の手紙』

2018-02-09 | 映画レビュー(こ)

1890年に拳銃自殺を遂げたフィンセント・ファン・ゴッホは生前、弟のテオと何百通もの書簡をやり取りしていた。彼の死後、未達の手紙を手に入れたアルマン・ルーランは受け取るべき人を求めてゴッホ晩年の地、オーベル=シュル=オワーズの農村を来訪、巨匠の死の真相を探るのだが…。

この物語をドロータ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマンの監督コンビは“ゴッホの油絵のタッチでアニメーション化する”という驚くべき手法で映像化している。お馴染みの作品群『医師ガシェの肖像』『オーヴェルの教会』『ピアノを弾くマルグリット・ガシェ』『カラスのいる麦畑』等々がぐわんぐわんと捻じれて動き、そこにクリント・マンセルのスコアが被さると不可思議な夢のような酩酊感だ。

点と点であった諸作は線で結ばれ、やがてゴッホが吸った空気感すら観る者に錯覚させて、巨匠が追い求めた芸術宇宙を形成していく。肖像画として所縁の人々はまるで『羅生門』の如く口々にゴッホを語り、それはあたかも個々の作品が巨匠の側面を照らし出しているかのようだ。本作はコンセプチュアリーなアートフィルムに留まらず、ゴッホ評伝映画としても決定打と成り得ている。

 100人を超える画家たちによって描かれたこの労作は今年のアカデミー賞で長編アニメ賞にノミネートされた。


『ゴッホ 最期の手紙』17・英、他
監督 ドロータ・コビエラ、ヒュー・ウェルチマン
出演 ダグラス・ブース、ジェローム・フリン、シアーシャ・ローナン
 
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『コングレス未来学会議』

2018-02-01 | 映画レビュー(こ)

失われた従軍体験の記憶を遡る『戦場でワルツを』はアリ・フォルマン監督にとって終生の1本であった。戦友たちにインタビューし、その証言から自らのトラウマを呼び起こしていくドキュメンタリーを彼はアニメーションという技法で表現し、記憶の曖昧さ自体を映像化した。それは壮絶な体験であるのと同時に美しく、時に悪夢のような蠱惑性を秘めたアートフィルムであり、横溢する涅槃のような悦楽に魅了された。

長編第2作となる本作はトラウマを克服したフォルマンが独自のスタイルを確立している。スタニスワフ・レムの原作小説を換骨奪胎、シニカルでそして胸に迫る物語がフライシャー兄弟の影響下にある悪夢的なアニメーションの下に展開する。そして何より主演ロビン・ライトへの愛とも呼べるリスペクトに満ちているのだ。

映画は2014年のハリウッドから始まる。かつてスター候補と目されながら結婚、出産によってキャリアを棒に振った女優ロビン・ライト(本人役)は岐路に立たされていた。ハリウッドでは40歳を過ぎた女優が演じられる役はなく、子供は障害を抱え、多額の医療費が必要だった。巻頭早々の業界批判、そしてショーン・ペンの名前こそ出ないものの“だめんず”ロビン・ライト批判が可笑しい。彼女はミラマウント社が提案する全身全感情のデータ化に合意し、未来永劫老いる事のないCG女優ロビン・ライトとしてスターになる。この技術は今や珍しいものではなく、虚実織り交ぜた展開の中、マネージャー役ハーヴェイ・カイテルが切々とロビン・ライトへの愛を語るシーンは感動的だ。

 時は流れ、ライトはミラマウント社の株主総会に参加する。そこは“アニメ特区”であり、全てがアニメーションで存在する不思議な世界だ。カラフルでグニャグニャと変形する姿かたち、夢か現かわからぬ狂騒はまるで死後、永遠に見果てぬ悪夢のようだ。その幾万年の旅路はただ愛だけを追い求め続ける心の彷徨であり、ライトが翼を広げ歌うボブ・ディラン“Forever Young”が美しい。映画館の闇に耽溺する2時間はまさに劇中で人類が酔いしれる永遠の悦楽そのものであった。


『コングレス未来学会議』13・イスラエル、他
監督 アリ・フォルマン
出演 ロビン・ライト、ハーヴェイ・カイテル、ジョン・ハム、ポール・ジアマッティ、コディ・スミット・マクフィー、ダニー・ヒューストン
 
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