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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『MUD』

2020-04-13 | 映画レビュー(ま)

 ジェフ・ニコルズ監督の長編第2作『MUD』はどこか懐かしさを感じさせる、豊かな時間の流れる映画だ。アメリカ南部アーカンソーを舞台にした本作は特定の時代を意識させず、それが嬉しいことに70年代アメリカ映画との地続き感を錯覚させる。

 14歳のエリスとネックボーンは湿地に囲まれた孤島に潜む謎の男マッドと出会う。薄汚れ、正気も疑わしいこの男は追手から身を隠しながら最愛の女性ジュニパーを待ち続けていると言う。同じく初恋に目覚めたばかりのエリスの中で純愛という言葉がロマンチシズムを燃やす。彼はマッドに手を貸す事にするのだが…。

 映画は誰もが経験した少年時代の終わりというイニシェーションの旅を鮮やかに浮かび上がらせていく。きっと恋やセックスを肌身で感じたあの瞬間が少年時代の終わりだったのではないか。そんな劇的事件の象徴として現れるマッド役マシュー・マコノヒーは時に狂気的な純愛を、不思議なことにまるで聖者のような神々しさを持って演じている。ジュニパー役のリース・ウィザースプーンもスターオーラを消し、愚かな選択を続けてしまう宿命の女を好演だ。

 ただし、時代に反抗したニューシネマとは違い、悲劇は訪れず、マッドにも然るべき結末が訪れる。それが現在の映画だろう。懐かしい気持ちを呼び起こしてくれる清々しい1本だ。


『MUD』13・米
監督 ジェフ・ニコルズ
出演 マシュー・マコノヒー、タイ・シェリダン、ジェイコブ・ロフランド、リース・ウィザースプーン
 
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『マイル22』

2020-04-06 | 映画レビュー(ま)

 ピーター・バーグ監督、マーク・ウォールバーグのコンビ第4作目。これまでの実録社会派路線から一転、お得意のアクション娯楽作だ。マーキー・マークも本来の口は悪いが根はいいチンピラ芸に戻ったが、いい加減に歳も歳なので周りからモラハラ野郎扱いされているのが可笑しい。彼を上回るマイペースキャラ(そう、ウィル・フェレルだ)がいれば凸凹コンビのツッコミ役として笑えるが、一枚看板となるとこちらも2時間モラハラを受けているような気分で正直キツイ(笑)

 とはいえ映画は引き締まったタイトな作りになった。巻頭、ウォールバーグ率いる特殊チームがロシア人スパイの潜む一軒家を強襲。その後は重要参考人を空港まで警護するだけというシンプルな筋書きになっている。その参考人がなんとイコ・ウワイス。2011年のスーパースタント映画『ザ・レイド』で死体の山を築いたインドネシア・アクション映画のヒーローだ。アンタ1人で大丈夫だろ!というツッコミがあちこちから聞こえてきそうなワンマンアーミーぶりで映画をかっさらっている(そしてこのキャスティングが大きな伏線にもなっている)。

 バーグはマイケル・マン門下生として07年に『キングダム』を監督。一連のイラク戦争映画の中でジョン・フランケンハイマーを彷彿とさせる硬派アクション映画であり、市街地での銃撃シーンに冴えを見せていた。本作ではその集積を生かして緊迫感ある都市型アクションを展開し、奮闘している。続く『スペンサー・コンフィデンシャル』がどちらかというと“『バトルシップ』のピーター・バーグ案件”だっただけに、この65~75点台を出し続けるのに100点を取れないフィルモグラフィはどうにも歯がゆい。社会派路線は賞レースで箸にも棒にも引っかからなかったので止めてしまったのか。ならば本来の娯楽映画路線で本塁打を打ってほしい。苦々しいラストシーンにも彼らならではの気概を感じるだけに、僕はいつもこのコンビに期待してしまうのである。


『マイル22』18・米
監督 ピーター・バーグ
出演 マーク・ウォールバーグ、イコ・ウワイス、ジョン・マルコヴィッチ、ローレン・コーハン
 
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『マジック・マイク』

2020-03-25 | 映画レビュー(ま)

 ダンス、アクション、コメディ、と何でもござれのフットワークを見せるチャニング・テイタム。彼が下積み時代にやっていたアルバイトを原案にしたというのが本作だ。なんと彼はステージネーム“マジック・マイク”で夜ごと女性たちを熱狂させたストリッパーだったのだ!それも『フル・モンティ』のようなにわか仕込みではない。徹底的に鍛え上げ、いかに観客を楽しませるか追及されたエンターテイメントショーだ。バカバカしくもプロフェッショナルなパフォーマンスの数々に笑いと畏敬の念がこみ上げるではないか。

 とはいえ、映画はショウビジネスの光と闇を描く“ストリップ版『キャバレー』”ではなく、伝統的な青春映画の作劇であり、それを彩る監督スティーブン・ソダーバーグのテクニックは本作のグレードを1つも2つも上げている。シャンパンカラーのような美しいカラーコーディネート、キレキレの選曲…題材に反してその筆致は実にエレガントである。オスカー受賞後、再び実験色の強いインディーズ作家となっていた感があったが、いつの間にかそのセンスに磨きをかけ、ネクストステージに立っていたのである(その後、ハリウッドの誰よりも早くTVへ活躍の場を移し、その先見の明を実証した)。

 さらに本作で新たなステージに立ったのがマシュー・マコノヒーである。ストリップバーのオーナーに扮した彼は下卑たナルシズムをワセリンのようにテカらせ、周囲を圧倒する怪演である。あらゆるシーンで場をさらうハイテンション演技はオスカー受賞作『ダラス・バイヤーズクラブ』につながる名演技ラッシュ“マコネッサンス”を世に知らしめた。

 特殊な職業への好奇心をくすぐりながら映画は後味さわやかな着地を見せる。低予算ながら大ヒットを記録したのは女性の黄色い声援だけではないと頷けるウェルメイドな1本だ。


『マジック・マイク』12・米
監督 スティーブン・ソダーバーグ
出演 チャニング・テイタム、アレックス・ペティファー、マシュー・マコノヒー、コディ・ホーン
 
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『マクマホン・ファイル』

2020-03-06 | 映画レビュー(ま)

 『マッドバウンド』で頭角を現したディー・リース監督の最新作はジョーン・ディディオンの同名小説を映画化したスパイスリラーだ。1984年、CIAは南米ニカラグアの反政府組織コントラへ極秘裏に武器を供与し、新米政府の樹立を目論んでいた。記者である主人公エレン・マクマホンは決死の潜入で背後にある陰謀を暴こうとする。

 まず予備知識としていわゆる“第2次ニカラグア内戦”を押さえておく必要があり、これが付け焼刃で理解できるほど簡単な事案ではないのが困りものだ(関連しているトム・クルーズ主演『バリー・シール』がイントロダクションにはいいだろう)。ディー・リース自ら脚色したプロットは整理されているとは言い難く、相も変わらず俳優業で油を売っているベン・アフレックが登場する終盤からは急にメロドラマ色が濃くなる。2020年の米大統領選を控えてポリティカルなテーマを含んだ映画が相次いでおり、リースがこの原作を選んだ理由も察する事ができるが、ヒロインの内面に依った情緒的演出がそれを妨げ結果、どちらにも着地しなかった。『マッドバウンド』に続いて音楽はタマール・カリが担当、女性初のアカデミー撮影賞候補に挙がったレイチェル・モリソンは不在である。

 これでは主演アン・ハサウェイの奮闘も虚しい。オスカー受賞後、キャリアの低迷が続く彼女はAmazon製作のドラマ『モダン・ラブ』でも演技的成熟を重ねており、再びジョナサン・デミ級の監督とタッグを組めば容易にベストアクトを更新すると期待できるのだが…。


『マクマホン・ファイル』20・米、英
監督 ディー・リース
出演 アン・ハサウェイ、ベン・アフレック、ロージー・ペレス、ウィレム・デフォー、トビー・ジョーンズ
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『マリッジ・ストーリー』

2020-01-10 | 映画レビュー(ま)

タイトルに反して離婚の物語である。
冒頭、ニコールとチャーリーの夫婦は互いの好きな所を挙げていく。相手に敬意を持ち、欠点すら受け入れるそれは愛情以外の何ものでもない。このシーンだけで僕らは2人の事が大好きになってしまう。ようやくアベンジャーズから解放されたスカーレット・ヨハンソンと、ようやくスター・ウォーズから解放されたアダム・ドライヴァーが見せる自然体の表情が何とも魅力的だ。両親の離婚を基にした2005年作『イカとクジラ』でブレイクした私小説映画作家ノア・バームバックが、今度は自身の離婚体験を基に映画を撮った。ここにはかつての突き放すような冷徹さはなく、温かい人間洞察に根差したヒューマニズムが満ちている。

 バームバックは女優ジェニファー・ジェイソン・リーと2005年から2013年まで結婚しており、離婚後のうつ状態を『ベン・スティラー 人生は最悪だ!』で描いている。この映画でバームバックそのものである主人公ベン・スティラーを無償の愛で助けるのがグレタ・ガーウィグであり、以後、彼女はバームバック映画のヒロインとして『フランシス・ハ』『ミストレス・アメリカ』とコラボレートしていく。彼女のフェミニンな柔和さはバームバック映画から冷徹さを取り払い、優しさを与えていった(その後、2人は結婚)。

 バームバックが元妻ジェニファー・ジェイソン・リーを憎んでいない事はいつになく魅力的なスカーレット・ヨハンソンからも明らかだ。彼女が演じるニコールはかつてライジングスターとして注目を集めたが、チャーリーと出会った事でNYへ移住、舞台女優としてキャリアを研鑽する。だが、いつだって評価されるのは演出家のチャーリーであり、ニコールは自身のキャリアを棒に振ったと感じていた。
 ヨハンソンも35才、バツ2、そして母親である。そんな人間的厚みをマーベル映画で見せる余地はなく、本作の目標にまい進し、時に(キュートな)地団駄を踏む彼女を見れば、バームバックがリーを敬愛し、感謝している事も明らかだ。

 一方、近年のバームバック映画の常連アダム・ドライヴァーが監督の分身チャーリーを演じる。妻からの突然の三行半にうろたえ、親権獲得に奔走するも思うようにままならない。とうにロールモデルとなる父権は存在せず、ドライヴァーは男の弱さを繊細に見せる。終幕、怒りをぶつけあうニコールの目には涙が光るが、なんとチャーリーは顔を覆って泣き崩れてしまうのだ。そして思いの丈をカラオケにぶつける。『アド・アストラ』のブラッド・ピットといい、2019年は“男らしさ”を解体した俳優達の繊細さに心動かされた。

 2人を囲む助演陣も充実している。離婚弁護士役にアラン・アルダが登場し、これまで度々指摘されてきた私小説作家としてのバームバックとウディ・アレンが邂逅する。そして『ビッグ・リトル・ライズ』のスピンオフみたいなノリで演じるローラ・ダーンはオスカーノミネート確実だろう。

 バームバックは夫婦という他人同士の間に家族の絆を見出した。終幕、スカジョが見せるある“愛の印”に僕は泣かずにはいられなかった。


『マリッジ・ストーリー』19・米
監督 ノア・バームバック
出演 アダム・ドライヴァー、スカーレット・ヨハンソン、ローラ・ダーン、アラン・アルダ、レイ・リオッタ、メリット・ウェバー
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