リッキー・ジャーヴェイスといえばシニカル過ぎる芸風が有名な英国出身のコメディアン。2度務めたゴールデングローブ賞の司会ではその毒舌で会場を凍りつかせ、全世界2億人の視聴者に悪名を知らしめた。
ただでさえ辛辣な彼が本作では最愛の妻に先立たれ、心を閉ざした偏屈オヤジに扮する。『アフター・ライフ』はジャーヴェイスが監督、脚本も兼任した1話30分、全6話のコメディだ。
主人公トニーは亡き妻が遺したビデオレターを見ながら枕を濡らす日々。後追いで自殺未遂も起こし、周囲からは腫れ物に触るような態度を取られている。服装は毎日同じTシャツ。台所は洗い物でめちゃくちゃ。父親の見舞いに老人ホームへ行けば、呆けた父はトニーの事がわからない(おまけに演じるのは『ゲーム・オブ・スローンズ』のウォルダー・フレイ役でおなじみデイビッド・ブラッドリーだ)。妻から託された犬の世話だけがかろうじて彼をこの世に繋ぎ止めている。
自殺はできないが、この世に未練もない。自暴自棄なトニーは持ち前のシニカルな個性を開放して、周囲に悪態をつき続け、心の痛みを紛らわそうとする。義弟が所長を務める職場には毎日遅刻し、気のいい同僚をからかう。零細地方新聞社である職場に持ち込まれるネタは毒にも薬にもならないものばかりで、現場に行けば情報提供者をクサす有様だ。
字面だけ追えば何とも辛気臭い話に思えるかもしれないが、意外やこのドラマはすごく心地がいい。嫌な人は1人も出てこないし(だって一番のヤな奴はトニーなのだから)、ストレートな人生賛歌に涙腺が緩んだ。これは利他心についての物語ではないだろうか。トニーを囲む人々は元気になってもらいたい一心で、彼の皮肉を受け止める。自己犠牲のヒューマニズムなんて大げさなものではない。あくまで自分の出来る範囲の気遣いだ。人間は1人では生きていけないし、誰かに傷ついて欲しいとも思っていない。トニーだって昔はそうだった。妻との思い出のビデオアルバムにはトニーの悪ふざけでじゃれあう2人の笑顔が映っている。そして何より妻が望んだのは遺されるトニーの幸せだった。
そんな想いに気づいたトニーが不器用ながらも自分を変えていく姿が微笑ましい。終始仏頂面のジャーヴェイスは名演。誰もの琴線に触れることはもちろん、とりわけ世界中の愛妻家の涙を搾り取るだろう。気持ちの良い好編である。
『アフター・ライフ』19・英
監督・出演 リッキー・ジャーヴェイス
主人公アーンは女房に三行半をつけられ、金もなく、いい歳して仕事はバイトのしがない毎日だ。ある日、従兄弟がラッパー"ペーパーボーイ”として注目され、人気急上昇。一山当てようとアーンはマネージャー業を買って出るのだが…。
アトランタに住む黒人達の日常を描いた本作は従来のブラックムービーとはグルーヴが異なる。ビッグ・マザーやブラザー、シスター達が繰り広げる騒々しい笑いもなければ、人種差別への煮え立つような苛立ちもない。シットコムでもなければ物語が続く連続ドラマの形も取っていない。ゆるゆるとメロウに語るその筆致はどこかエッセイのような文学性を感じる。村上春樹がアトランタ在住の黒人だったらこんな本を書いたのではないだろうか。そんな気がしてくる不思議なストーリーテリングだ。
製作、脚本、主演を務めるのはドナルド・グローヴァー。聞けばNY大学卒というインテリで、確かにその佇まいはどこかしら品を感じる(これが軽妙洒脱に振り切れると『ハン・ソロ』で演じた伊達なランド・カルリジアン役になるのだろう)。マルチな才能を発揮する彼のもう1つの顔がチャイルディッシュ・ガンビーノとしてのラッパーの顔だ。本作の監督を務めるヒロ・ムライと組んだ『This is America』のPVは軽快な音楽とアメリカの黒人差別、銃社会を批判した強烈な映像で今年のカルチャーシーンを席巻した。
ヒロ・ムライは日本生まれのLA育ち。そんな出自も『アトランタ』のどこか客観的な視線につながっているのかも知れない。近年『レギオン』や『バリー』などの話題作で重要回を演出する売れっ子ぶりで、虚飾を排したシンプルな画面構造と突発的に繰り出されるバイオレンスや恐怖表現のコントラストが際立っていた。本作のひたすら横移動するカメラワークが「This is America」の戦慄のワンカットに結実したのだろう。今後の動向が最も気になるクリエイターの1人だ。
シーズン後半、グローヴァーが監督・脚本を兼任した第7話がとりわけ際立ってユニークだ。“黒人アメリカネットワーク”なる局が放送する討論番組「モンタギュー」に出演したペーパーボーイは素行の悪いラッパーとして白人論者、黒人司会者から槍玉に挙げられ、侃々諤々の討論に発展する。
ご丁寧に架空CMまで盛り込んで番組を再現するこのエピソードはどんどんタガが外れ、やがて思いがけない大ドンデン返しに発展していく。人種や職業に対するステレオタイプな差別意識をテーマにあらゆる方面を笑い飛ばす本エピソードの知性こそ『アトランタ』の真骨頂だろう(個人的にはザジー・ビーツ扮するヴァンが主人公の第6話も一度では咀嚼しきれない不可思議な魅力)。
ちなみに劇中番組を1話使って丸々再現するという手法は『アンブレイカブル・キミー・シュミット』シーズン4、『GLOW』シーズン2でも行わている米TV界のトレンドギャグで、おそらく本作の影響下にあると思われる(個人的には2002年のTVアニメ『攻殻機動隊スタンド・アローン・コンプレックス』シーズン1第9話が初だと思うのだが、どうだろう。朝まで生テレビのようになってしまった未来のネット掲示板スレだけで1話を成立させていた)。
連続ドラマの形を取っていないと言ったが、シーズン終盤にはアーンの環境もちょっとだけ変化する。終始、金の心配をしてばかりいた彼の手元に残った200ドル。さて、明日はどっちだ。シーズン2の日本上陸が待ち遠しい。
『アトランタ』16・米
監督 ヒロ・ムライ、他
出演 ドナルド・グローヴァー、ブライアン・ティリー・ヘイリー、キース・スタンフィールド、ザジー・ビーツ