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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『Cloud クラウド』

2024-09-15 | 映画レビュー(く)

 黒沢清もクリストファー・ノーラン同様、スマートフォンを持っていないのか?それとも『回路』以来、使っているのは箱型PCか?ネットに蔓延る個別の悪意が集団意識を形成する恐怖…現代社会を映したと謳うプロダクションノートとは裏腹に、『Cloud クラウド』はあまりにも観念的、概念的で、黒沢が果たしてどこまで現実の事象を理解しているのか疑わしい所ではある。だが、映画にはそんな作劇上の違和感を超えた不気味さが湛えられ、悪寒と笑いが観る者を襲うのだ。

 菅田将暉演じる主人公吉井は昼はクリーニング工場で働いている。とりたてて自己主張のある性格ではないが、勤勉な仕事ぶりで上司(荒川良々)の評価もいい。しかしこれは彼にとって必要最低限の“つなぎ”に過ぎない。自宅は各所で買い付けた物品の段ボールが山積みとなり、ほとんど倉庫のようになっている。彼はレア品や廉価品を買い付けては高値で売りさばく競取り、いわゆる“転売ヤー”なのだ。その手法は時に強引で、自分さえ儲かればよいという利己主義。それでいて同棲を考えている恋人(古川琴音)がいる。菅田はどこにでもいる好かれもしなければ嫌われもしない若者像を巧みに作り上げている。やがて吉井のやり口はあちこちで恨みを買い…。

 ネットを介して集った襲撃者は皆、吉井に個人的な恨みを抱いているため、『Cloud クラウド』は正確にはネット上の個別意思が集団意識を成すスリラーではないように思う。しかし、この驚くほど低予算で撮られたスリラーは黒沢の熟練の手腕によって目を離すことができない。リアリティを度外視した書き言葉を発する俳優たちは黒沢のメソッドを徹底し、窪田正孝が仄暗い個性を発揮。役柄の不気味さも相まった佐野役奥平大兼の名前も覚えておくべきだろう。若者たちが得体の知れない邪悪な力学によって動かされるこの世は既に地獄に突っ込んでいるのか?形而上学的なラストシーンに、この怪作がかつて2000年代の幕開けを謳った『回路』のVer.24だと気付かされるのである。


『Cloud クラウド』24・日
監督 黒沢清
出演 菅田将暉、古川琴音、奥平大兼、窪田正孝、荒川良々、岡山天音
※2024年9月27日公開
 
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『クワイエット・プレイス:DAY1』

2024-07-15 | 映画レビュー(く)

 居ようが居まいが、何度だって柳の下のドジョウを狙うのがハリウッドである。ジョン・クラシンスキーが監督としての才能を開花させた『クワイエット・プレイス』シリーズは、音を出せば即死という設定に寄り掛かることなく、子役に至るまで誠実な芝居を見せる俳優陣によって、家族の再生を描いた傑作ホラーだった(第2弾には『オッペンハイマー』でオスカーに輝く直前のキリアン・マーフィーも出演)。第1〜2作が興行的に大成功を収め、本シリーズの参照元と見られるTVゲーム『THE LAST OF US』のTVシリーズ化も大ヒットした今、これ以上何かやる余地があるのか?シリーズ第3弾は監督、脚本に『PIG』のマイケル・サルノスキを迎え、大都市NYを舞台にエイリアンによる地球侵略“DAY1”を描く。シリーズの世界観を拡げるべく、丁寧な企画開発がされた理想的なハリウッドフランチャイズだ。

 『アス』でホラーとの相性は証明済みのルピタ・ニョンゴを抜擢したところに本作の成功がある。主人公サミラ=サムは末期がんを患っており、そもそも生きる望みを失っているキャラクター。未知の脅威に人類が絶望する中、彼女は唯一人、脱出路ではなくマンハッタンへと歩みを向ける。今日、世界が終わるなら望みは1つ。亡き父親との思い出がつまったあの店で、最期のピザを食べることだ。

 ニョンゴは厭世的で、決して親しみやすくはない主人公を献身的に演じ、映画のグレードを1つも2つも上げている。突如、訪れた終末に打ちひしがれるエリック(ジョセフ・クイン)との旅路はいわば死に場所を求める“道行き”であり、次第に彼らが生命の喜びを見出していく感動こそキャラクター主導のホラーである『クワイエット・プレイス』シリーズの本懐だ。『ストレンジャー・シングス』のヘビメタ野郎で注目を集めたクインは、本作こそが俳優としての本質を見せたブレイク作と言っていいだろう。

 前2作では主人公たちがあらゆる人工音から離れるべく田舎に身を隠していたのに対し、今回は否が応でも音が生まれる大都市を舞台にしているのも面白い。サウンドデザインはぜひとも劇場で堪能してもらいたいところだ。中でも生き残った人々が声を押し殺して波止場を目指しながら、次第に“雑踏”を形成してしまうシーンは、都会に暮らす者なら誰もが身に覚えのある自分本意な“集団心理”である。

 近年の大作志向に反し、わずか100分というランニングタイムも手際が良く、人生賛歌である本作の精神性を象徴するのはフロドと名付けられたサムの愛猫だろう。「ミャー」の1つも鳴き事を言わない彼に支えられた“行きて帰りし物語”は、愛猫家には堪らないことを付け加えておきたい。


『クワイエット・プレイス:DAY1』24・米
監督 マイケル・サルノスキ
出演 ルピタ・ニョンゴ、ジョセフ・クイン、アレックス・ウルフ、ジャイモン・フンスー
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『クイズ・レディー』

2023-11-05 | 映画レビュー(く)

 『クレイジー・リッチ!』『シャン・チー』など、幼馴染のダチとして登場する“笑かし役”のオークワフィナもいいが、『フェアウェル』で見せた誰もが抱える心の空洞を猫背で体現する“役者”オークワフィナも堪らないものがある。本作『クイズ・レディー』では家族と疎遠な移民二世役。職場では誰からも相手にされない空気扱いで、唯一の楽しみといえば毎晩、愛犬と一緒に長寿クイズ番組を見ること。30数年来見ているせいで、今や彼女の頭には知識がいっぱいだ。ある日、老人ホームに入っていたギャンブル依存症の母が脱走。それをきっかけに音信不通の姉が現れ、さらには母を追って借金取りまでやって来て…。

 オークワフィナにとって先輩となる17歳年上のアジア系スター、サンドラ・オーが姉役に扮し、あけっぴろげなコメディ演技でオークワフィナの性格演技を際立たせている。脚本ジェン・ディダンド・アンジェロ、監督ジェシカ・ユーの語りは後半に向かうにつれギャグも弾けて快調。ウィル・フェレルが『バービー』に続いてここでも若手に胸を貸し、今や貫禄すら出てきたのは驚き。車窓や各地のランドスケープが足りないものの、アジア系女性2人が伝統的なアメリカン・ロードムービーのフロントラインを張れる良い時代になったものである。


『クイズ・レディー』23・米
監督 ジェシカ・ユー
出演 オークワフィナ、サンドラ・オー、ジェイソン・シュワルツマン、ホランド・テイラー、トニー・ヘイル、ウィル・フェレル
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『グランツーリスモ』

2023-09-29 | 映画レビュー(く)

 ハリウッドが低予算映画でブレイクした気鋭の新人監督を潰してしまうのは今に始まったことではないが、2009年の長編デビュー作『第9地区』でいきなりアカデミー作品賞にノミネートされ、以後『エリジウム』『チャッピー』と独創的なSF映画を撮ってきたニール・ブロムカンプが雇われ仕事に徹した本作『グランツーリスモ』は、才能の悲劇的な空費によってクラッシュ、炎上している。一時は『エイリアン2』の正統続編(“シン・エイリアン3”とでも呼ぶべきか)の企画開発で話題を呼んだブロムカンプだが、この約10年はオリジナル脚本、中規模予算で製作するSF映画作家にとって困難な時代であったことが伺える。

 2023年は『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』やHBOのTVシリーズ『THE LAST OF US』の大成功によってTVゲーム原作モノの映像化元年と言われているが、ゲームがこれだけ多様な表現形態を持っているなら、当然そのどれもが映画、TVシリーズへ翻案できるとは言い難い。『グランツーリスモ』が描くのはプロゲーマーが実際のレーサーへ転身したという驚きの実話と、『グランツーリスモ』というゲームのコマーシャルだ。山内一典によって作られた原作ゲームは実在のコース、車体から排気音に至るまで徹底再現された“レーシングシュミレーター”であり、そのメイキング過程こそ興味を引かれるものの、あいにくブロムカンプはエンジンにもスピードにも、ひょっとすると車にすら興味を持っていない。ストーリーテリングというタイヤが暖まるまでには随分と時間がかかり、カメラの高さ(地面からあまりにも高すぎる!)も編集のタイミングも間違ったレースシーンは、クライマックスでル・マンを舞台にしながら近年のレース映画の傑作『フォードVSフェラーリ』に競ろうという気概すら見せない。引きこもりのゲーマーだったヤン少年が夢を叶え、自己を確立していくドラマは形ばかりで、320kmの車窓の如く通り過ぎている。

 唯一の見どころは鬼教官ジャック役のデヴィッド・ハーバーだろうか。かつてレーサーでありながら夢破れ、メカニックとして反骨の日々を送るジャックが、“ゲーマーを本物のレーサーにする”という企業論理と資本主義に眉をひそめながら、徹底的に若者たちを鍛え上げていく。ヤングとの相性は『ストレンジャー・シングス』でも実証済み。とかくスパルタが許されない今の時代に相応しいメンター像で、ハーバーにとってはキャリアの重要な1つになるかもしれない。彼と主人公ヤンの師弟関係が束の間、本作をスポーツレース映画たらしめていた。

 現在、レース映画は渋滞状態。本作の後にはマイケル・マン監督の『フェラーリ』(伝記映画と思っていたが、予告編を見る限り紛れもない“レース映画”だ)、そして『トップガン マーヴェリック』で戦闘機コクピット内に役者とカメラを仕込んだジョセフ・コシンスキー監督とブラッド・ピットがタッグを組むタイトル未定のF1映画が待機している。『グランツーリスモ』は早々に追い抜かれてしまうことだろう。


『グランツーリスモ』23・米
監督 ニール・ブロムカンプ
出演 アーチー・マデクウィ、デヴィッド・ハーバー、オーランド・ブルーム、ジャイモン・フンスー
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『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』

2023-09-01 | 映画レビュー(く)

 御年80歳、デヴィッド・クローネンバーグ監督の新作もまた“最後の映画”になることに自覚的な1本だ。前作『マップ・トゥ・ザ・スターズ』からは8年ぶり。御大には珍しく製作費3500万ドルのビッグバジェット。自身のテーマを反復し、ほとんど集大成のような趣がある。冒頭、映画は1人の少年を映し出す。物語の舞台は今ではないが、そう遠くない未来。少年は堪え切れなくなったかのようにプラスチックのゴミ箱をバリバリと貪り食う。その様子を悲しげな目で見る母親。やがて彼女は眠る我が子を手に掛ける。

 近未来では人類が痛覚を失い、主人公ソール・テンサーは自身の体内に新たな臓器が生まれる“加速進化症候群”を患っている。地球環境の変化により人類は進化したのか?クローネンバーグ自ら手掛けた脚本の突拍子もなさに面食らいそうになるが、重要なのはプロットではなく概念だ。痛みを見失った世界では誰もが肉体を傷つけ、肉体改造とも言うべきボディペインティングの手法を獲得している。しかしソーシャルメディアの隆盛により私たちもまた自らの肉体と思考を“切り売り”し、時にそれがあたかも価値を持っているかのように振る舞うが、果たしてそれをアートと呼べるのか?ソールはパートナーであるカプリースの外科手術によって、衆目の前で新臓器を摘出するパフォーマンスアーティスト。奇妙なことに摘出された臓器には体内でタトゥーが刻印されている。クローネンバーグは自らの肉体と精神を切り開いた先にこそ真なるものがあると、シグネチャーなきソーシャルメディアの匿名性を突き放す。

 いつになくクローネンバーグは自身の老いに自覚的だ。『ヒストリー・オブ・バイオレンス』『イースタン・プロミス』『危険なメソッド』に続き4度目のタッグとなる分身ヴィゴ・モーテンセンもまた65歳を迎え、白髪と痩身はますますクローネンバーグに酷似してきた。モーテンセン演じるソールは常に痰が絡んだような咳払いを繰り返し、食事は奇怪な“ブレックファスター・チェア”の介助を受けなければままならない。だが、老人が地球環境の変化に適応したとてそれが何だと言うのか。精神が及ぼす肉体の変容を描いてきた巨匠は0年代以後、人間の精神が時代を形作る様、または時代が人間個人の精神に及ぼす変化を描いてきた。地球環境が破壊され、温暖化が進み、先のない大人が破滅的局面から逃げ切れても、子供が適応するためにプラスチックを喰らうのが進化と言えるはずもない。クローネンバーグの“君たちはどう生きるか”という悲痛を背負ったレア・セドゥは007ウェス・アンダーソンに続きこのカナダの鬼才を籠絡。クローネンバーグ印とも言うべき肉体と機械によるエロチズムを体現する肉体言語は圧倒的である。同じくキャスティングが発表された時点から絶対に“映える”と期待されたクリステン・スチュワートはその神経症的演技に磨きをかけ、アブノーマルなクローネンバーグ映画の水先案内人となった。

 音楽ハワード・ショア、美術キャロル・スピアーらクローネンバーグ組が総結集。映画館の闇で繰り広げられるグロテスクな解剖ショウは観る者を魅了してやまない。時代、肉体、精神を分析する映画作家クローネンバーグは今なお明晰だ。


『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』22・加、ギリシャ
監督 デヴィッド・クローネンバーグ
出演 ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥ、クリステン・スチュワート、スコット・スピードマン

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