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長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』

2023-04-16 | 映画レビュー(え)

 アカデミー賞最多11ノミネート、7部門受賞。全米中の批評家賞を独占…正気か!?監督はトンデモ怪作おバカ映画『スイス・アーミー・マン』を手掛けた“ダニエルズ”。カンフーアクションにマルチバース、ナンセンスギャグから下ネタまで満載した本作は2022年春に全米公開されるや1億ドルを超える大ヒットを記録し、その勢いは衰えることなく、ついにはこの年のアメリカ映画の“頂点”に輝いた。念のため言っておくと、アカデミー賞は必ずしも“最高”の映画が作品賞に選ばれるわけではない。1〜10まで順位を付ける投票方式であることはさておき、ハリウッドが目指す方向性を示す、ある種の決意表明である。『ノマドランド』ではアメリカ映画の原風景である荒野とフロンティアスピリットを中国系アメリカ人女性監督が撮らえるという、アメリカ映画の担い手の変化に対する認識表明があり、『コーダあいのうた』ではダイバーシティはもとより、台頭するストリーミングサービスとの是々非々の連携が意識され、韓国映画『パラサイト』の勝利にハリウッドが貪欲に国外の才能を取り入れ、さらなるマーケットのグローバル化を図ろうとする意図が伺い知れた。“エブエブ”の大躍進はパンデミックによってハリウッドがジリ貧にある現在、奇想天外なオリジナルSFアクションを笑って泣ける家族愛の物語に仕上げ、大量動員に成功した事はもちろん、近年活躍目覚ましいアジア系への評価でもあったのだろう。配給A24はブレンダン・フレイザーが主演男優賞を受賞した『ザ・ホエール』と合わせ、オスカー史上初の主要6部門を独占する大勝となった。

 もう1つの受賞理由は“楽屋裏エピソード”ではないだろうか。二世俳優としてキャリアをスタートさせながら、ジャンル映画俳優ゆえに軽んじられてきたジェイミー・リー・カーティスの存在や、かつて『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』『グーニーズ』という、誰もが1度は見たことのある映画で子役としてブレイクしながら、その後キャリアを築くことができなかったキー・ホイ・クァンのカムバックは多くの人々の心を動かした。人生には無数の選択とありえたかも知れない無数の未来があったかも知れないと描く本作は、偉大なミシェル・ヨーのキャリアを総括する一方、築かれる事のなかったクァンのキャリアも夢想する。俳優を諦め、一時はスタントコーディネーターとしてキャリアを積んできた彼のアクションや、年齢を重ねたからこその佇まいに人生が凝縮されているのだ。クァンに俳優復帰を決意させた『クレイジー・リッチ!』など、近年はちょっと怖い貴婦人役にタイプキャストされがちだったミシェル・ヨーが、庶民的な役柄でいつになくチャーミングな魅力を発揮し、クァンと実に幸福なアンサンブルを奏でているのは味わい深い。『マーベラス・ミセス・メイゼル』で印象的なサポートアクトを見せてきた娘役ステファニー・シューも八面六臂の活躍だ。

 “エブエブ”はいつしか私たち観客のあらゆるマルチバースをも内包していく。他の人生もあったのではないか、このままでいいのか、この先にどんな可能性があるというのか。2022年最高の1本として手放しで評価する気はないが、自分の姿をどこかに置かずにはいられない、チャーミングな映画なのである。


『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』22・米
監督 ダニエル・クワン、ダニエル・シャイナート
出演 ミシェル・ヨー、キー・ホイ・クァン、ジェイミー・リー・カーティス、ステファニー・シュー
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『エレファント・ウィスパラー 聖なる象との絆』

2023-03-27 | 映画レビュー(え)
 南インド奥地にある野生動物保護区で、初めて野生の子象の飼育に成功した象使い“Elephant Whispers”を追ったアカデミー短編ドキュメンタリー賞受賞作。保護区といっても最新設備があるわけではなく、飼育員も特別な教育を受けた専門家ではない。この土地で先祖代々象を扱ってきた老人と言っていい年齢の男女であり、彼らがまるで我が子のように子象に語りかけ、古来の伝統に従って神の使いとして敬う様はほとんど“神事”と言っていい厳かさがある。過酷な仕事であり、行政の一存に左右される様子を見ているとこれも格差と労働の搾取に思えなくもないが、老境にある象使い2人が飼育を通じて再婚する様や、仕事への取り組み方には俗人では容易に計り知れない豊かな価値観を見るのである。


『エレファント・ウィスパラー 聖なる象との絆』22・印
監督 カルティキ・ゴンサルベス
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『エルヴィス』

2022-08-16 | 映画レビュー(え)

 かねてより企画されてきたエルヴィス・プレスリーの伝記映画『エルヴィス』は、然るべきタイミングに登場したことでこの偉大なミュージシャンを再定義することに成功している(パンデミックがなければあと2年は早くリリースされてより時宜を得たかもしれない)。貧困ゆえに黒人居住区で育ったプレスリーは、そこでブルースやゴスペルといった黒人音楽と出会い、ロックンロールを生み出していく。惜しくも打ち切りとなったNetflixのTVシリーズ『ゲットダウン』でヒップホップの黎明を描いたバズ・ラーマン監督にとって、本作は“アメリカ音楽クロニクル”の1本であり、老成とは無縁の過剰で狂騒的な演出はプレスリーが文字通り黒人音楽の“啓示”を受ける場面でしばしば批判されてきた文化の盗用ではなく、黒人文化への傾倒と解釈されている。エルヴィスは2つの人種、文化を結合したアメリカンポップカルチャー史上における重要人物なのだ(晩年の仕事となったラスヴェガスでの興行スタイルはパンデミック以前からセリーヌ・ディオンや近年ではアデルが行っており、ワールドツアーをやらないビジネスモデルの先駆けともなった)。

 ラーマンはそんなエルヴィスを評人する上で、その生涯をダイジェスト的に語るようなことはせず、エルヴィスのマネージャーであり、彼の収入の50パーセントを搾取していたというトム・パーカー大佐を語り部に据えることで題材との距離を保った。名前は偽名、大佐も自称というこの山師同然の男はサーカスの興行師に過ぎず、地方でエルヴィスの才能を見抜くやマネージメントを買って出たのだ。“アメリカの父”を体現してきたトム・ハンクスがここではファットスーツに身を包み、醜悪な金の亡者を怪演。そんなパーカー大佐も、後に伝説として語られるライヴに立ち会えばその目にはいつも涙が滲んでいる。彼もまたエルヴィスという偉大な才能に心酔し、平伏した1人であり、その有害な父性がエルヴィスをショービジネスの資本主義に晒し、死に追いやったのだ。『アマデウス』のサリエリをも彷彿とさせるハンクスは、まさに名優たる作品選択眼である。

 そして兎にも角にもエルヴィス・プレスリーを甦らせることのできる俳優なしには、この映画は生まれ得なかった。新星オースティン・バトラーはメンフィスでギターを抱えた可愛らしい坊やの姿から、右肩上がりでスターの座へと昇り詰めるエルヴィスの輝きを捉え、それは本作におけるバトラー自身のブレイクスルーとも重なる。ステージパフォーマンスの徹底再現はもちろんのこと、エルヴィスが持ち得ていたであろうカリスマ性をも甦らせ、過労とドラッグ中毒でボロボロになってしまう終幕の壮絶は涙なしでは見られない。今年のアカデミー主演男優賞レース1番乗りは間違いなく、ノミネートは固いだろう(助演ハンクスとのW候補があり得る)。新作はドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『DUNE』第2弾で、デヴィッド・リンチ版ではスティングが演じた悪役フェイド・ラウサに扮する。シャラメとの対決が楽しみだ。

 全米では興行収入1億ドルを突破する大ヒットを記録し、根強いエルヴィス人気を証明した。彼が渡ることの叶わなかった遠い島国の非プレスリー世代である僕にもその偉大さは伝わり、中でも“If I Can Dream”の素晴らしさに劇場を出た後も口ずさんでしまうのだった。


『エルヴィス』22・米
監督 バズ・ラーマン
出演 オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリビア・デヨング、ケルヴィン・ハリソン・Jr.
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『エターナルズ』

2021-11-19 | 映画レビュー(え)

 正直、最近のMCUには少しウンザリしていた。フェーズ4のセットアップに1シーズンを費やし、キャストも演出もまるで冴えなかったTVシリーズ『ロキ』『ブラック・ウィドウ』『シャン・チー』も70点は必ず出せるマーベル方程式に則った作劇に過ぎず、観客を飽きさせないために次から次へとアクションを発生させていく忙しなさには(普段、こんなことは言わないが)「これが映画なのか?」という思いを抱かずにはいられなかった。それでも市場はMCUを歓迎し続け、現にコロナ禍において観客を劇場へ呼び戻す起爆剤の役目を果たしており、批評家も高品質のエンターテイメントを供給し続けるマーベルに寛大とも思える好評を寄せている。

 それ故に本作がオープニング興行収入こそ大ヒットを記録したものの、観客からも批評家からも渋い顔をされている現象は非常に興味深い。『エターナルズ』はMCUが存続していくためにも、僕達がMCUを見続けるためにも、そしてディズニーが2020年代にグローバル市場で映画を創り続けるためにも避けては通れない重要な1本だ。『ノマドランド』でアカデミー作品賞、監督賞を制したクロエ・ジャオによる本作はこれまでのMCU作品とは明らかに異なる。深宇宙からやって来た異星人エターナルズは7000年もの時を流浪する永遠人であり、ジャオは『ザ・ライダー』『ノマドランド』同様、荒野に普遍の神話を求め、MCUに暮れ落ちる陽光と吹き抜ける風を刻印した。荒野に生きる無名の者達に自身の物語を演じさせ、それをフィルムに収めることで“永遠”を創ってきたジャオだからこそ数あるスーパーヒーローの中から永遠の時を生き、人間の営みを愛するエターナルズを選んだのではないか。こんな作家主義のMCU映画がこれまで何本あっただろうか?方程式にはない作家性がMCU映画に神秘性をもたらしており、ここでは回想を多様した作劇の不備など些細なことに過ぎない。ケヴィン・ファイギもこの新風を求めたからこそ『ザ・ライダー』の時点でジャオを抜擢したのだろう。

 そして『エターナルズ』はスーパーヒーロー映画というよりも群像ドラマだ。ビル・スカルスガルドが扮しているヴィランは背景に過ぎず、10人の超人達の葛藤、対立、対話に焦点が当てられている。これまで素人に自分自身を演じさせてきたジャオのメソッドが、本作では国際色豊かなオールスターキャストの過去作やパブリックイメージから成っており、撮影現場でも演じるのではなく“自分自身でいる”事を求められたという。リチャード・マッデン(映画スターの華が出てきた)は『ゲーム・オブ・スローンズ』よりも『ボディガード』に近く、方やキット・ハリントンは今回も“何も知らない”。コメディアン出身のクメイル・ナンジアニがジャオの偏愛する『幽遊白書』オマージュまで託されるコミックリリーフを担えば、マ・ドンソクはハリウッドに行ってもやっぱり“マブリー”だ。アンジェリーナ・ジョリーが格違いのスターオーラを発揮していよいよキャリアの新たなフェーズに入れば、ブライアン・タイリー・ヘンリーはこれまでにない柔和な表情を見せて新境地である(これが彼の素なのだろうか?)。そしてジェンマ・チャンがフロントラインに立つことは『シャン・チー』同様、僕らアジア系にとっても意義深いだろう。あらゆる人種から聾者、ゲイと多様な顔ぶれが揃ったキャスティングはこれからの時代のニュースタンダードとしてディズニーとって重要なマイルストーンである。

 MCUが今後、『エターナルズ』の挑戦をどれだけフォローアップするのかは見当もつかないが、少なくとも僕はこれからも見続けられる確信が持てた。今後、ますます複雑化し、“一見さんお断り”になる以上、よりシネマティックな進化が期待される。


『エターナルズ』21・米
監督 クロエ・ジャオ
出演 リチャード・マッデン、ジェンマ・チャン、サルマ・ハエック、アンジェリーナ・ジョリー、クメイル・ナンジアニ、マ・ドンソク、バリー・コーガン、ブライアン・タイリー・ヘンリー、リア・マクヒュー、ローレン・リドロフ、キット・ハリントン
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『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』

2021-06-20 | 映画レビュー(え)
 当時、僕が住んでいた田舎はTV東京が映らなかったため、『新世紀エヴァンゲリオン』はリアルタイムで見ていない。その後、98年頃に都市部に親戚が住む友人からビデオテープを又借りして全26話を完走、旧劇場版も公開から遅れてTVで見たと記憶している。だから僕にとってのエヴァブームとは限られたマニアだけのもので、それほど熱狂したワケではない。
 そんな出自ゆえか、14年間4部作に渡るこの新劇場版をたったの4日間で完走するという不義理を働いた。不満なんて1つもない。非常に有意義な時間を過ごし、晴れ晴れとした気分だ。

 この新劇場版に手を出し損ねた理由の1つに第1作『序』の公開前年の2006年、富野由悠季監督による『機動戦士Zガンダム A New Translation』3部作の完結がある。1980年に放映されたTVシリーズは主人公の精神崩壊という結末を迎え、後に長い鬱状態に陥る日本社会を予見した。富野は一部旧カットを残したままこれをリメイク。新規カットによる躍動感あふれるアクションと類まれな編集技術によって、ついには主人公が精神崩壊を免れる歴史改変が起こる。それは9・11という暴力に始まった2000年代に対する富野流のアンサーであり、戦争ロボットアニメの巨匠としての戦争に対するプロテストだった。僕が少年時代に熱狂したロボットアニメはこれで完結し、巣立ちを迎えたような感慨があった。

 『序』のインプレッションはこの”劇場版Zガンダム3部作”に近い。洗練された新規描き下ろし画と格段にポジティブなストーリーテリングは20年ぶりのエヴァ再訪者に程よいオリエンテーションだった。
 語るべきは続く2009年、『破』のクライマックスである。使徒に囚われた綾波を救うべく、「来い!」と力強く手を伸ばすシンジの姿にはかつて「逃げちゃダメだ」と閉じこもった弱さはなく、『翼をください』をバックに明らかに宮崎駿原作版巨神兵を思わせる光輪を戴いたエヴァの意匠には庵野の振り切れたかのような気迫を感じた。

 だがそれは所謂”躁”状態であった事がわかる。2012年の『Q』で庵野は再び物語を閉塞させる。シンジとレイの共鳴は後にnearサードインパクトと呼ばれる破壊をもたらし、多くの人類を死に追いやった事が明かされる。ネルフは分裂し、葛城ミサトは対ネルフ組織ヴィレのリーダーとして戦艦ヴンダーの指揮を執っている。「どういう事か説明して下さいよ!」シンジが叫ぶのもムリはない。誰も知らない新たな『エヴァンゲリオン』の物語に多くの観客が熱狂し、困惑した。庵野は『ふしぎの海のナディア』で戦艦ニュー・ノーチラス号が登場した場面の楽曲を流用して、ヴンダー発進シーンを演出。後の『シン・エヴァンゲリオン』でも顕著だが、この新劇場版シリーズは『ふしぎの海のナディア』のやり直しとも言える”シン・ナディア”でもあった事がわかる。エヴァの背骨を船体にしたかのようなヴンダーのデザインと、無人の巡洋艦をビットにするメカニカル設定の斬新さに目を見張った。

 そして『Q』の公開からさらに9年の時を経て、『シン・エヴァンゲリオン』が公開される。制作遅延による度重なる公開延期に加え、庵野が重度の鬱病にあったことはNHK『プロフェッショナルの流儀』でも明かされている。映画には庵野の深刻なメンタルヘルスが反映された。シンジはアスカ、綾波と共にnearサードインパクトから生き残った人類の住む集落へと辿り着く。科学文明を失ったそこは昭和初期の地方集落のようであり、庵野が過ごした幼少期の記憶にも見える。村を覆う結界の外にはすぐ破滅が迫っており、ここで綾波は土と人に触れて人間の感情を覚えていくが、シンジはnearサードインパクトとカヲルの死の責任から飲食もままならない精神状態に陥っている。彼が鬱から脱するまでを描く映画序盤の約30分は痛ましい。しかし庵野が回復するためにも、そしてメンタルヘルスという不安を抱えた現代人にエヴァンゲリオンを手渡すためにも、これは必要なプロセスだったのだろう。”新劇場版4部作”における庵野の視点は父の愛を求め、世界を呪う中学生シンジではなく、肥大化したコンプレックスを抱え、世界が滅んでもなお妄執にこだわる碇ゲンドウにある。庵野が創作的オリジナリティに窮す終盤、あれほど口数の少なかったゲンドウは延々と自分語りを続け、その無様さは自らの作品と折り合いが付かず、疲弊しきった庵野の告解にも見て取れた。

 大人たちは少年達へ世界を明け渡していく。ミサトはまるでネモ船長の如く我が子に贖罪する。ゲンドウは物語から”下車”し、シンジは不老というエヴァの呪いから解放される。その向こうに広がるのは僕らの住む世界と何ら変わりない街並みだ。シンジの隣に立つのはレイでもアスカでもなく、この新約のために創造されたヒロイン、マリだ(だからアクション面でも最も見せ場が多い)。新劇場版のアスカは名字も異なり、僕らが知るかつてのアスカではない。「あたしだけ年取っちゃったから」と28年の歳月を背負った彼女は旧版とは異なり、成熟している。

 僕は14年の時を経てもなお『エヴァンゲリオン』が多くの若者たちに支持されている事に驚いた。謎めいたストーリーテリングが後に多くのエピゴーネンを生んだこのシリーズは、国民的ブロックバスターでありながらあまりに不器用な庵野秀明という作家の映画でもある。多くの観客は庵野とシンジの抱えた底なしの苦しみに今を生きる葛藤と、そして優しさを見出したのではないか。充実の終劇であった。


『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』07・日
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』09・日
『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』12・日
『シン・エヴァンゲリオン劇場版』21・日
監督 庵野秀明
出演 緒方恵美、林原めぐみ、宮村優子、坂本真綾、三石琴乃、山口由里子、石田彰、清川元夢

 
 
 
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