リッスン・トゥ・ハー

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ひとつめはここじゃどうも息が詰まりそうになった4

2006-11-23 | 東京半熟日記
(沖縄編8-3・「ハンカチーフは万年雪の底に」)


「うち、いっそのこと万年雪の底で死にたいわあ」
「やめてよ」
「だって凍えれるんやで、なんか気持ちよさそうやん」
 その日の日差しがきつ過ぎたのだ。じんじんと痛むほど頬は焦がしていく太陽を恨めしそうに見たあと、幸子は唐突に言い出す。扇いでも扇いでも汗は吹き出るし、確かにもう、凍えてしまいたい気持ちは十分分かる。とにかくいま、現在、何か冷たいものが無性に欲しかった。
「それにや、ずっと昔の雪に埋もれるんやで。なんかロマンチックや思わん?」
「いや、でも死ぬとか、言わんといてよ、ロマンチックやけど」
「なんか、永遠になれる感じやない?」
「あ~、そんな気がする」
「やろ」
「でも、そんなんいわんといてよ」
「いやいや、人間、いつ死ぬかわからんでよ」
「おっちゃんですかあなた」
「いや、ほんまそうよ」
「そうやけどなあ」
 幸子がとても遠くに感じてしまう。こんなに近くにいるのに、同じ空気を吸っているのに、同じ風を受けているのに、全然違う場所にいるみたいに、遠く遠くにいるみたいに感じる。とても不安になって、幸子の目をじっと見る。幸子は目を遠くに空のほうに向けている。その目が澄んでいて、とても綺麗だった。私よりずっとしっかりしてて、兄弟も多く面倒見がいい彼女は、頼られて今まで生きてきた。
「あんな、ハル」
「何?」
「うち、あんたに出会ってよかったよ」
 こんなことを真顔で言う。だから幸子は偉大だと思う。私は所詮照れ隠しに明け暮れる日々で、
「何よ、いきなり」
「なんとなく、言うときたかったの、万年雪の底で死ぬ前に」
「その機会はないから安心ですわ」
「わからんよ~」
「もう、本気で怒るで」
「怒ってもいいんや、これが青春なんや」
「あはは、まったく」
 ずっと友達だ。なにがあっても私たちはずっと。うん。


 私たちの学校にも、他の学校と同じように(といっても他の学校の事はそんなに知らないのだけれど)、一年を通して、音楽会や運動会や映画鑑賞会など色々と行事があって、その中でも生徒達に人気があったのが美人投票だった。美人投票はまず学級ごとにひとり選んで、その次に学年、最期に全員で、と勝ちあがりみたいな方法で、一番の美人を選ぶというもので、最期の投票はとても盛り上がった。応援演説みたいなことをし出す子もいて、例え選ばれなくても、いや、変に選ばれないほうが楽しめた。クラスごとに、選ばれたものはおやつを奢らなければならない、という面白い決まりもあって、まあ、おやつは結局先生が用意してくれるのだけど、でも、みんな、おやつをたくさん食べれるから喜んでいたというよりは、毎年やっている伝統行事を今年も行えるということ自体が嬉しかったのだ。もちろんおやつは大好きなんだけど。つまりみんな盛り上がりたかっただけなのかもしれない。なんていったって思春期なんですから。
 その美人投票が今年は中止になる。という噂が立った。そりゃ当然だろうなと思う。音楽会も運動会もそんなことをしている場合でない、という理由で次々に中止になっていたし、だいたい戦争中に、美人である事なんて関係ない。贅沢は敵だ。だけど、やっぱり誰もが、あーあ寂しいな、と思っていたように、私も寂しかった。口にこそ出さなかったが、それは、その話題を話すとき、間が持たずすぐに終わってしまう事が意味していた。誰だってあまりに寂しい事には触れたくない。ずっと続いてたのにな。まあ、仕方ないけどさ。米兵め。米兵め。米兵め。と私たちは見たことのない敵を憎み罵った。罵ることで何とか気を紛らわせた。
 それが単なる噂で、やっぱり例年通り開催される、と聞いた時には、私も幸子も思わず悲鳴を上げて抱きあったし、やっぱり楽しい行事の一つだったから、誰もが嬉しがっていた。キミという、普段おとなしい子など、嬉しくて廊下を走り歌うように大声で学校中に伝えてまわり、先生から大目玉を食らっていた。要するに、みんなそれぐらい嬉しかったのだ。かなり大袈裟だというかもしれないが、人生捨てたものじゃないとさえ思えた。




(改めて断る必要がないかもしれませんが、この物語は事実を基にしたフィクションであり、登場人物等は、実在する人物等とは関係ありません。チェキ)


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