大きく曲がって、マグロは坂道をのぼっている。
大変辛そうな表情、額に汗が滲む。負けてたまるか、とマグロが睨む坂道の先にあるのは料亭。庶民を近づけない価格設定と立地場所で、季節の凝った料理を提供する料亭「たけし」。マグロがそこにたどり着かなければ、たけしの一番の売りである新鮮な刺身が提供できなくなる。だからこそ、マグロは歯を食いしばってのぼっていた。
壁のように厚い蝉時雨が前に立ちはだかる。マグロは立ち止まり、ナップサックの中から魔法瓶を取り出した。蓋を開け、直接口につけて傾ける。中に入っていたのはレモンティ。やけに濃いレモンティだった。原液か、とマグロは思った。ママが入れ間違えたのだ。あれほどレモンティはやめろと言ったのに、まるで聞いちゃいない。
空からは強い太陽光線、それに熱せられた地面のアスファルトは鉄板のような熱さ。マグロは上下から炙られているような気がした。実際、そのまま筋肉を切り出し、わさび醤油で食うたなら、それはそれは美味に違いない。
こんなはずではなかった、とマグロは今もふと思う。
海から陸へ上がったのは、海を包み込んでいる空への憧れからであった。マグロには飛ぶ鴎が空を支配しているように思えた。自分もあのように自由に、とマグロは思った。古い記憶。
マグロは再び歩き出す。人間でさえのぼるのにひと苦労するような急斜面である、マグロであればなおさら辛いはず。なのにマグロは一歩また一歩ゆっくりだが確実にのぼり続けた。長老マグロと約束したのだ、何事も最後まで投げ出さない。今こうして自分は食べられる為に坂道をのぼっている。滑稽といえるかもしれない。マグロはすでにその運命を受け入れていた。マグロとしてまっとうできるのであれば、それもいいかもしれない。かつて海の中から見た、ずっと遠くにある空、それはいくら坂道をのぼろうともやはり遠いままだった。
拭っても拭っても流れてくる汗が目に入り、思わず下を向く。足元、蟻の行列が坂道を這っている。マグロはその本質的な優しさから、とっさに足を、蟻の行列を妨げないところに移動させようとする。が、蟻は、蟻のくせに列を乱し縦横無尽に坂道を這っている。マグロの白く貧弱な足が、踏み場を求めて空をしばし彷徨う。ようやく見つけた隙間にマグロは足をねじ込むように置いたが、股を広げすぎたため、体勢を崩し倒れてしまった、でーん。アスファルトの熱で背中が焼ける、じゅうう。程よく太ったマグロは、倒れた勢いそのまま転がり落ちていく。もう、たけしにはたどり着けないであろう。仮に再挑戦してのぼりきったとしても、傷ついて生焼けのマグロを誰が歓迎するだろうか。一部始終を聞いた長老マグロの残念そうな顔を想像して、マグロはほんの少し胸を痛めた。タオルケットとナップサックと魔法瓶とアイポットが点々と坂道に残った。アイポットから音が漏れている、しゃんしゃん。音よりも速く転がり落ちるマグロは加速する弾丸であった。マグロがこんなに速く、勢い良く地面を転がったことは今だかつてない。今羽ばたけば、浮かび上がるのではないかとマグロはふと考えた。いや、今なら確実に飛べる。マグロは離陸する飛行機をイメージした。カーブのところで坂道から外れ崖、宙へ投げ出され、マグロはばたばたと手足をばたつかせて大きく。
大変辛そうな表情、額に汗が滲む。負けてたまるか、とマグロが睨む坂道の先にあるのは料亭。庶民を近づけない価格設定と立地場所で、季節の凝った料理を提供する料亭「たけし」。マグロがそこにたどり着かなければ、たけしの一番の売りである新鮮な刺身が提供できなくなる。だからこそ、マグロは歯を食いしばってのぼっていた。
壁のように厚い蝉時雨が前に立ちはだかる。マグロは立ち止まり、ナップサックの中から魔法瓶を取り出した。蓋を開け、直接口につけて傾ける。中に入っていたのはレモンティ。やけに濃いレモンティだった。原液か、とマグロは思った。ママが入れ間違えたのだ。あれほどレモンティはやめろと言ったのに、まるで聞いちゃいない。
空からは強い太陽光線、それに熱せられた地面のアスファルトは鉄板のような熱さ。マグロは上下から炙られているような気がした。実際、そのまま筋肉を切り出し、わさび醤油で食うたなら、それはそれは美味に違いない。
こんなはずではなかった、とマグロは今もふと思う。
海から陸へ上がったのは、海を包み込んでいる空への憧れからであった。マグロには飛ぶ鴎が空を支配しているように思えた。自分もあのように自由に、とマグロは思った。古い記憶。
マグロは再び歩き出す。人間でさえのぼるのにひと苦労するような急斜面である、マグロであればなおさら辛いはず。なのにマグロは一歩また一歩ゆっくりだが確実にのぼり続けた。長老マグロと約束したのだ、何事も最後まで投げ出さない。今こうして自分は食べられる為に坂道をのぼっている。滑稽といえるかもしれない。マグロはすでにその運命を受け入れていた。マグロとしてまっとうできるのであれば、それもいいかもしれない。かつて海の中から見た、ずっと遠くにある空、それはいくら坂道をのぼろうともやはり遠いままだった。
拭っても拭っても流れてくる汗が目に入り、思わず下を向く。足元、蟻の行列が坂道を這っている。マグロはその本質的な優しさから、とっさに足を、蟻の行列を妨げないところに移動させようとする。が、蟻は、蟻のくせに列を乱し縦横無尽に坂道を這っている。マグロの白く貧弱な足が、踏み場を求めて空をしばし彷徨う。ようやく見つけた隙間にマグロは足をねじ込むように置いたが、股を広げすぎたため、体勢を崩し倒れてしまった、でーん。アスファルトの熱で背中が焼ける、じゅうう。程よく太ったマグロは、倒れた勢いそのまま転がり落ちていく。もう、たけしにはたどり着けないであろう。仮に再挑戦してのぼりきったとしても、傷ついて生焼けのマグロを誰が歓迎するだろうか。一部始終を聞いた長老マグロの残念そうな顔を想像して、マグロはほんの少し胸を痛めた。タオルケットとナップサックと魔法瓶とアイポットが点々と坂道に残った。アイポットから音が漏れている、しゃんしゃん。音よりも速く転がり落ちるマグロは加速する弾丸であった。マグロがこんなに速く、勢い良く地面を転がったことは今だかつてない。今羽ばたけば、浮かび上がるのではないかとマグロはふと考えた。いや、今なら確実に飛べる。マグロは離陸する飛行機をイメージした。カーブのところで坂道から外れ崖、宙へ投げ出され、マグロはばたばたと手足をばたつかせて大きく。
熱がでるってつらいですねえ。
遅くなりました。どうもごめんなさいませ三四郎さん。
見事な解釈、いつもどおり、この解説とあわせて読んでもらわないといけませんねえ。
マグロが坂道を上っていたら面白いだろうな、という思い付きをそのまま綴った話ですので、なぜ、と感じる箇所ばかりでしょう。それが矛盾を生んでいるだけで、そんなたいしたものじゃありませんのよ。実は話の内容も思い出せないぐらい。
でも、陸の上では不器用なマグロですけど、結局食べられてしまうのですけど、最後に輝いたというハッピーエンドを書きたかったわけで、人生もたとえ破滅でも本人にとってのハッピーエンドであればいいのかもしれないと思うのですよ。はい。
さて「マグロ」ですが、彼が海中を泳ぐ姿は「弾丸列車」が空中を飛ぶようなもんです。空を飛ぶ鴎のような悠長なもんじゃありません。なので、何ゆえ彼が空に憧れたか分かりません。おそらく自分の住む世界に「疲れた」のではないか、とも思えます。
で、憧れから踏み出した世界が「炎熱の坂道」という厳しい現実。そのうえ行く手にあるのは「坂の上の雲」でなく「料亭の厨房のまな板」。自らの破滅を予期しながらも、一片の希望と意地とで歩き続ける「マグロ」。途中に出合う蟻の行列をよける優しさを持ちながら、それゆえに味合わなければならなかった蹉跌。坂道に点々と残る「タオルケットとナップサックと魔法瓶とアイポット」は「若さと希望の遺品」に見えました。
矛盾の連続のような人生にも似た、ほろ苦い短編であります。
えくすかりばーさんどうもいらっしゃいませ。
はじめましてこちらこそよろしく。
ちらほら、名前はお見かけしてましたよ。
その年齢でナンバーガールを検索するとは、末恐ろしい。あやかりたいあやかりたい。
それぽつりとつぶやいたら、なかなか粋な先生ですよ。マッグロ。
高校の授業で先生が「マグロに比例した大きさのヒレを与えれば跳ねたときに恐ろしい速度で漁船にぶつかるから漁船はお終いだな」とかバカみたいな事を言っていました。
それでは以後お見知りおきを。マグロ。