リッスン・トゥ・ハー

春子の日記はこちら

桃は流れてくるためにある

2007-07-10 | リッスン・トゥ・ハー
どこを見ているのか細かくは分からないけれど川であることに間違いはない。姉はドアーから少し入った所に座って、すっかりぬるくなったコカコーラの缶を傾けてた。くえっ、とゲップを遠慮なく出して、また同じところを見つめている。「流れてくるかな、桃」と音を立てないように近づいた私に突然話し掛けてきたので、正直言うとかなりびびった。
「は?」驚きを隠して私は答える。
「桃が流れてくるような気がするわ」
「はあ?」
「桃太郎の入ったやつなんて、そんな子供みたいなことは言わないけど」
と言うと、まだ中身が入っているコカコーラの缶を川に投げ捨てた。茶色い液体が空中に広がって川に飲み込まれる。あーあ川に捨てちゃいけないのに。「コーラはひとくちで満足や」ごもっとも。
「とろとろに熟れた桃がね、一個だけ、どんぶらこどんぶらこと」
「どんぶらこ?」
「あたしに食べられる為に流れてくる」
「何の根拠があって?」
んんあ、と姉は私の質問には答えず首を鳴らして立ち上がった。