小諸 布引便り

信州の大自然に囲まれて、風を感じ、枝を眺めて、徒然に、社会戯評する日帰り温泉の湯治客です。愛犬の介護が終了しました。

映画、<田中 泯、 名付けようのないダンス>に想う:Innommable Dance

2022年02月20日 | 映画・テレビ批評

映画、<田中 泯、 名付けようのないダンス>に想う:

 

60年以上前の野球小僧は、その昔、長嶋茂雄の華麗なステップをイメージして、三遊間のゴロを、さっと左手のグローブを差し出すと、スッと、白球が入ったもので、その後の送球後の一寸した、右手首を曲げる仕草も、今や、<頭の中での空想>であって、間違いなく、華麗なステップを踏むどころか、両脚で立っているだけでも、脚もとがもつれ、フラフラ、バランスを崩すほどの身体的な衰えを自覚すると、もはや、この映画の観賞の仕方も、随分と変わってくるモノであると思われます。

昔の元若者は、60年代の後半に、何やら、白い粉を体中に塗りたくり、頭も剃髪して、ペニスも包帯でグルグル巻いたり、真っ裸同然で、まるで、脳性麻痺か、肢体不自由児のような動きを、前衛舞踏家と称されたり、アングラ演劇だとか、果ては、Street Performance とか称して、公道を何か大声で叫びながら素っ裸で疾駆したり、流石の10代後半の元若者であった私も、その記憶を辿ると、<何じゃ、こりゃぁ!>と驚きあきれ果て、単なる、<舞踊>のセオリーも知らない、素人集団の狂気であるとしか、感じられなかったと言う記憶が残っています。それから暫くして、どうやら、そうした流れは、#大野一雄、#土方巽(暗黒舞踏:肉体の反乱、1968年)、#麿赤児(大駱駝艦)、天児牛大(山海塾)、と言う形で、後年、寺山修司(天井桟敷)、唐十郎(状況劇場)、他の演劇論、或いは、文学界、評論、芸能史、民俗学史、などの分野を巻き込み、澁澤龍彦、三島由起夫(禁色)、(今日で言えば、ジェンダーの問題や女装などの今日的な課題をも取り上げていたようである)、他にも、互いに、影響を及ぼしながら、まるで、明治初期のフェノロサや岡倉天心らによる、日本美術への再評価の如く、欧米での(フランス・米国、他)一種の驚きを以てなされた海外公演の評価と賛辞(賛否両論も含めて)に伴い、<Butoh>(舞踏)という言葉と共に、凱旋帰国を果たし、今日、まさか、田中 泯にまで、連綿として、受け継がれてくるとは、流石の素人である、私のような、たまたま、同時代を共にした元若者も、もっと、当時から、この方面の勉強をして、右脳を磨いておけば良かったと、自分の肉体的な機能の低下と共に、気がつき始めた次第です。

  更に、今から、約7年程前に、<Artist-In-Residency>の運動の中で、化石化した右脳の再生に、海外の来日アーティスト達の支援活動の中で、各国のDance Performer や、Musician, 画家や、彫刻家などと、或いは、地元の関係者との交流を通じて、<表現の媒体>としての、身体(肉体)、楽器、絵画、踊り(コンテンポラリー・ダンスやクラシック・バレーやら、ジャズ・ダンス、タンゴ、インド舞踊、日本民謡、盆踊り、新日舞、など)を通じて、<自己表現>とか、<内発的な湧きい出る原動力(踊りたくなる気持ち)>とは、何か?とか、<作風の変化とは、何が原因となっているのか?>などを、話し合ったモノである。しかしながら、この映画を通じて、自分の右脳の再生も、やや、違った方向ではなかったのかとも、思い始めた次第です。海外出張などで、その土地土地の土着的な音楽や踊り、文化・歴史に触れることをモットーとして、タイやベトナム、韓国、台湾、中国、ビルマ、ネシア、ポリネシアやNZ、メキシコ、チリなども含めて、(アルゼンチン・タンゴとスペインのフラメンコは、現地には仕事の関係では、出張できなかったのは、残念ではあるものの、)休日には、美術館と土産物屋も含めて、愉しませて貰いましたが、、、、、。

  皮肉なことに、土方巽は、1928.03.09生まれで、昭和天皇の即位の日に、生まれ、田中泯は、1945.03.10という終戦の年の東京大空襲の真っ赤な炎に地上が燃えさかる中で、生まれてきたという<奇妙な共通な符号>を有しています。しかも、<一子口伝>ではないが、今風のマニュアルや、ノウハウ・ノート、日舞の流派や流儀とも、或いは、舞踊家とも、一線を画した、集団を作ることの決してない、或いは、勝手に、舞踏家などと分類化されることを断固として、拒否するような、<一つとして常に同じ踊りは存在しない>という、秘儀を内在したところの<伝授>の仕方で、従って、どうやら、正統派のお師匠さんからのお墨付きをえたお弟子さんも、とらない、何か、念仏踊りにも似たような、一遍上人ばりのOdoriとでも言えべきモノなのであろうか、<Innommable Dance>と、この映画では、表現されているが、、、、。日本語訳では、<名付けようのない踊り>のようである。

  2002年の映画、たそがれ清兵衛の映画初出演でも、<演技ではなく、ただ、踊ってみただけだ>とも、その演技を表している。一体、<演じる>と<踊る>とは、どう違うのであろうか?自分が、感じていた、役者の演技とは、飽くまでも、自分と言う肉体(器)を通じて、その役の人物を演じるのであり、そこには、ひたすら、その人物と、役の上で、一体化するある種の何物かであっても、そこには、ある種の役者としての、自己表現が、加味されるわけ(?)であり、だからこそ、同じ役柄でも、異なる俳優が、同じ役柄を演じても、微妙に、演技という音色は、違った響きがするのであろうか、、、、、、、と、 他方、踊りというモノは、とりわけ、田中泯のこの映画の中では、<一つとして常に同じ踊りは存在しない>という信念と<踊りは、個人に所属することは決してない>、或いは、<身体気象:Body Weather>と言う概念、<頭上の森林>と言う概念、頭の上へ、上へと、その頭上の空間に、無数の気のような何物かが、身体のありとあらゆる穴から、まるでタネが発芽するように、そしてぐんぐん育つように、樹が生えて森林を形成するようになるというもので、自然と身体を通じてコミュニケーションが出来るような状態、土方巽の肉体の反乱になぞらえると、<ありとあらゆる形象・形態の言語化により、動植物ら自身の肉体の部位すら、その動きを誘導する>とか、<千本の枝を知覚する>、<歩こうとして身体の中にカチャッと鍵が掛かった部屋がある。>やら、<左耳筋に這うナメクジ>など、<器としての身体:Body as a Vessel>へのアプローチを通じて、時間と空間の無限と極小の体感と表現、に至り、ゆっくりと見えることを理解出来ると、、、、、。もはや、この領域になると、哲学的なサトリに近い境地なのでしょうか?

  舞踏の土着的なもの、とりわけ、<東北に根ざしている所のモノは、イギリスにもある>と言う言葉を聞く限りでは、謂わば、暗黒舞踏の系譜のタネは、決して、日本では、異端やキワモノと半世紀前には、評価されなかったモノも、その後、海外、とりわけ、フランスや欧州各国での評価やNYでの賛辞により、足の長い、指先の細くてすらっとした形状のバレーや、(冬のオリンピックのフィギュアスケートの美意識が典型・主流とは言わないけれど、、、、)、寸胴・短足・がに股・のっぺり顔などの土着的な劣等感的な欠点は、場違いな治外法権的な海外からの評価で、一転してしまったのであろうか、それは、長髪とラッパズボンのビートルズが、あたかも、極東の果ての果てから、近代の超克とも言えべき欧米では考えられないような、常識を覆すような概念の紹介と具体的なデモンストレーションだったのかも知れない。<舞踊(Buyoh)は立ったところから始まるが、舞踏(Butoh)は、立てない状態から始まる>と、、、、、。<一生に一度でも良いから立ち上がりたいと思う気持ち、>と<座れるような立ち姿>、更には、<石の上>と<土の上>との違いで、踊りの思いが異なると言うことの気付き、まるで、工業と農業、狩猟と農耕の対比のようであろうか?

  田中泯は、詩人、吉田一穂の桃花村の概念に基づく、山梨での農作業実戦運動や、敬愛するロジャ・カイユワ(戦争論を著す)のお墓の前で、踊ってみて、改めて、<これからも、ずっと、名付けようのないダンスそのものを、ずっと踊り続けたい>と確信する。そして、唯一の弟子と認める、石原淋に、一子口伝のレッスンをつけるところで、115分に亘る、<自分の中の内なる子ども>との対話を通じて、これから先の自分の踊りを、どうするつもりなのかを暗示しながら、エンド・ロールとなる。

それにしても、3度目のワクチン接種を終えたであろう昔の元若者が、100席の狭い映画館には、今の若者と一緒に、70-80%を占めていたことに、驚いてしまいました。

  最期に、慶応大学のアートアーカイブに、興味深いワークショップをYouTubeで見つけたので、URLを付け加えておきます。併せて、<#土方巽>、<#肉体の反乱>、<#山海塾>も検索してみて下さい。初めて、この種の動画をみるというヒトは、事前に、右脳をしっかりと覚醒させた上で、ご覧戴くことをお薦め致します。さもなくば、当時、リアルタイムで観劇した女子大生は、一斉に、退席したとか、、、、多分、理由は、すぐに理解出来るかと思いますよ。

Dance リーグの素早い、集団の揃った振り付けのやり方にも、驚いてしまうし、又、ストリートダンス対決のような頭で、くるくる回転させたり、まるで機械体操の床運動さながらの回転を伴った攻撃的なヒップホップ張りのダンス・対決も、大変興味深いモノです。しかしながら、改めて、当時の動画を観てみると、過ぎし来し方と行く末の両方にも、人生観での新たな発見が見つけ出されそうです。

映画の予告編

https://happinet-phantom.com/unnameable-dance/

 

YouTube 慶応義塾大学アートセンター Keio University Art Center

没後26年 土方巽を語ることⅡ

https://www.youtube.com/watch?v=p_UGwSwMM6s

YouTube 土方巽 肉体の反乱(1968年) 

https://www.youtube.com/watch?v=dANmcbepNdY

YouTube Kazuo Ohno My Mother:

https://www.youtube.com/watch?v=hzmkYu0d8rM



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