晴遊雨読・暢呑夢酔の戯れごと

絶景かな!!浅間山、空気と水の美味しい町で余命人生エンジョイ中

床修理 芦田本陣 見学す

2010-02-20 19:15:21 | Weblog
床修理 芦田本陣 見学す

22年2月20日(土)晴れも霧多し、風冷たし。  -7度


日の出にも霧に霞む




 6時頃から障子とカーテンが明るくなって来る。
覚醒はしているのだが、起きる気力が沸かない。寝不足なのだ。
昨夜はブログを書き込みながら、21時から有線で「もったいないから始まるエコ生活」を聞く。
カセットでは経験があるが、自分の声を放送で聞くのは始めてである。
なんとなく恥ずかしいような気がするが、聞く人がなんと感じたかわからない。
手前味噌だが、まあ~人に不快を与えなければ善しとするか。

 22時30分にブログを書き終えて「投稿」をクリックしたら、「パスワード」を入力と言う画面が出て入力すると、そのまま消えてしまう。
張り切って字数も多いのに、この有様で大ショックである。
焼酎のお湯割りを飲んで、始めからやり直しをして、風呂に入ったら2時になっていた。


蓼科山にシャチの雪形 はっきりと!



 昨夜の有線放送で、”歩くこと大賛成!”としゃべった手前もあり、本陣の公開見学には歩いていくことにする。
 五本木神社を脇に見て,立科小学校から本陣に向う。
その道から逆光ではあるが、シャチの雪形が見事な蓼科山が見える。



六川長三郎さんと塩沢堰




 集合場所であるふるさと交流センターに着くと、時間はまだ10時15分である。
ここまで歩いて50分かかったようだ。
 小中学生の作品展が、開かれているので拝見する。
いきいきネットで発表した「六川長三郎と塩沢堰」の壁新聞が立派に作成されている。
先生の指導も良いのだろうが、たいしたものだと感心する。


小刀の技で鉛筆削り




 昔懐かしい小刀での鉛筆削りの作品がある。小学校のとき小刀で鉛筆を削り、その削り方で性格が判ると言われ、丁寧に削ったことを思い出す。


県宝・芦田本陣に集合




まだ雪の残る本陣の庭




 旧芦田宿本陣、土屋家住宅保存修理公開見学会である。門前に集まる。
中山道69宿のうちで、26番目の宿で「あしたの町」と呼び、政治や経済の中心的存在であったそうだ。
 寛政12年4月に再建された由、旧暦なので今では5月とか。1年半もかかったようだ。

 風の寒い日であり、庭にはまだ雪が残っているほどだ。


床をはがしての張替え修理



上段の間は八畳敷き




 5~6人でも床が抜けるほどに痛んでいた本陣。
21年度の予算で床を全部張りかえるという。長野のT棟梁の監督で、地元のU建設が施行する。
 普段は入れない式台から土足で入る。本陣に泊まれるのは申し込み順で、格式には関係がなく、後の人は脇本陣泊まりとなる定めという。
 床柱は一位の木となっているが、ツガが使われているそうで、記録のミスとか?

奥は殿様用の上段で、八畳づつになっている。

殿様が曲者から逃げる床の間



 この奥が湯殿になっていて、万が一の時にはもの窓が上がって逃げられるとか。
湯殿は全部で3箇所にあり、奥は殿様用で行水であったそうだ。
いまの風呂になったのは、外国と交易が始まってからだという。
テレビの時代劇の入浴シーンは、時代検証からは間違っているようだ。


格式の高い違い棚



 床の間側が高くなっている違い棚が、格式が高いのだそうだ。


建設した大工さんか?



 京都から大工を招いての建設といわれているが、床の間の下から出てきた板によると
「大工 入布施村 重田・・・」とあるそうだ。

 棟梁の話では、これだけの材料を集めるだけでも、大変だったようだ。
天井はつり天井作りという。
 21年度予算で床修理をして、22年度で屋根を修理する予定であるとか。
総費用を訪ねるが、いまのところはノーコメントの由。

熱心に説明を聞く見学者




 歴史に関心のある人たちが、25名ばかり集まり、熱心に説明を聞き、シウt紋をする有意義な1時間半である。

風の子広場からの眺望



 寒い部屋での説明で体が冷え切ってしまうが、歩いて帰る内に暖かくなる。
風の子広場の松越しに見る浅間山は、絵になる光景である。
 往復で9360歩と、頭の勉強とメタボの予防にもなる。

 座椅子で読書をしていると、眠気が襲ってくるほどの疲労である。