motoryama7011fの鉄ヲタ日記

おでかけしたい

奥州街道サイクリング〈五街道完全制覇〉

2022-03-14 22:44:00 | 旧五街道サイクリング
お久しぶりです。ブログさぼり気味ですがそろそろちゃんと書こうと思っているこの頃です。
旧五街道をシェアサイクルで漕いでやろう企画も残すところ奥州街道のみ。今回こちらを制覇してきたのでご報告します。


早朝5:44 始発の水戸線で下館駅にやってきました。筑西市で展開しているHELLOCYCLINGを今回は借りることにしました。
今回制覇しに行く旧五街道の奥州街道は日本橋~白河までですが、途中の宇都宮までは日光街道との重複区間なので残りは宇都宮~白河の約78kmのみ。
ただ、宇都宮や白河の近くにシェアサイクルが展開していないので、宇都宮から35kmほど離れた下館駅から漕ぎ始めることにしました。


折本駅の近くで鬼滅の刃テイストな真岡鉄道に遭遇。ブレました。


6:21 道の駅にのみや


現在は真岡市ですが合併前は二宮町であったこともあり道の駅にのみやを名乗っています。
そしてこの歩きスマホ銅像、誰もが知っている二宮金次郎が二宮町の由来になっています。
荒廃した芳賀郡桜町の再建に尽力した偉人として町名にまで採用される二宮尊徳、正直教科書に載るレベルかというとそうでもない気がしますがその学びに対する姿勢が国定教科書の表紙などに採用されたことが大きいみたいです。
確かに、知名度はあるけど何をしたのかよくわからない偉人ではありますね。


宇都宮まではあくまで送り込み回送なのに、結構アップダウンが激しい気がします。




7:49 真新しい高架橋が現れました。これが見たかった。


建設途中の宇都宮LRT高架橋。鬼怒川橋梁へのアプローチを兼ねた感じですがこれが結構な急勾配で驚きます。


鬼怒川を越えるコンクリート橋も架橋済みでした。これだけの大型河川となると工事するのも大変そうな気がします。


8:16 ショッピングモールベル
お子様用遊具のLRT車両を発見。ちょうどこのベルの目の前に電停が設けられるので期待度も高そうです。




この先宇都宮駅までの区間はかなり工事が進んでいました。1車線を封じてLRTの工事をしているので渋滞が大変なことになっちゃうのではと思っていましたが、少し南に並走する水戸街道(国道123号線)である程度は大体できているのかなと思ったりします。


宇都宮駅の近くまで来ると線路の雰囲気を感じる溝(?)も姿を現していました。開業が楽しみです。




お腹が減ったので宇都宮駅で朝ごはん。駐車券が発券されるちゃんとした駐輪場なのに4時間まで無料とかいう深刻なバグが発生していました。


駅そばのいろり庵きらくで納豆ご飯と蕎麦のセットを注文。美味しかったです。


宇都宮駅では活躍を待つ宇都宮線・日光線の新型車両E131系が止まっていました。

宇都宮駅の西口に回ってから奥州街道の旅がスタートです。
日光街道との追分は東武宇都宮駅の近くにあるのですが正直かなり地味で、日光街道を漕いだ時に宇都宮駅前のホテルに泊まったので追分~宇都宮駅の区間は省略することにしました。


折角なので日光街道を漕いだ時に撮った追分の画像を貼っておきます。
かなり地味ではあるものの紹介されているだけ有難いことなのかなぁと思います。




宇都宮駅から漕ぎ出したものの奥州街道を感じさせるものは一切なく、白澤宿に入ってようやく奥州街道であることを確認できる感じがしました。
東海道・中山道と異なり奥州街道という名前は北関東では使いづらいのか、多くの区間で別の通りの名前が採用されており奥州街道と案内されることはほとんどありません。
宇都宮から白沢までの区間は白沢街道という名前で案内されていました。




氏家宿~喜連川宿の間で山を越えていきます。こういう所だと旧道が残されていて奥州街道を感じられます。


11:00 喜連川宿に到着。
現在は鉄道網から離れた喜連川ですが、宿場町として栄えた地であることを感じます。
保存されている旧喜連川興業銀行はかっこいいのでお勧めです。




12:21 大田原宿でお昼ご飯休憩。
鉄道が通っていない(と思っていましたが一応野崎駅が市域内)割にはかなり大きな都市だったのが驚きでした。
金灯籠交差点を中心に昔からの町が広がり、それを囲う形でバイパス国道461号線沿いのロードサイドも展開している感じでにぎわいを感じました。東武百貨店も出店していますし。
これだけ大きな町なのに玄関口となる駅は4.5km離れた西那須野駅。古くから栄えた宿場町なのに官営鉄道が通らなかった宿場町がどうするかというのはよくある流れでだいたいが私鉄で連絡するようになります。こちらも例外ではなく西那須野駅から大田原駅を経由し那須小川駅の間を東野鉄道が通っていました。




大田原宿の中心を少し進んだ中田原には一里塚が一基保存されていました。道路整備の際に邪魔になるのでだいたいが取り壊されてしまう一里塚、片側だけの不完全な形とはいえ保存し奥州街道を伝えてくれているのは良いことだと思います。




正直旧街道らしい雰囲気はないのですが、ほぼ全区間に立派な歩道が整備されていて漕ぎやすかったです。
あと、峠というほどではないものの坂がいくつがあって大変でした。


お世辞にもきれいではなかったサドル、漕いでいるうちに綺麗になってきました。
(ワイのジーパンが雑巾に…)


14:17 芦野宿


山間を進んでいく奥州街道。東北本線や東北新幹線、国道4号線などとはそれぞれ並行しているものの山を挟んだ位置に通っているのでお互いの姿は見えません。


奥州街道というのは広い意味では江戸から青森を経て航路で蝦夷地、函館に至る街道ですが五街道整備の際にはそのうち白河までが対象とされました。
白河といえばかの有名な白河の関。関東地方と東北地方の境界と言える関であるため奥州街道の関所であるものだと思い込んでいました。
しかし、看板を見るとわかるように奥州街道から5.8kmも離れています。

これはなぜか。私はてっきり広義奥州街道のころからこの道が主要な街道として使われていたものと思い込んでいましたが、白河の関はそれよりも昔の奈良時代に整備された東山道の関だったというわけです。知らなかった。


14:58 泉田の一里塚を過ぎると福島県はもうすぐ。


日影だけですが、若干雪が残るようになってきました。行きの新幹線で見た関ケ原のあたりと比べると全然ですが。




15:16 境の明神
ここからついに福島県白河市。茨城県で借りたHELLOCYCLINGで栃木県を通って福島県にまでやってきちゃいました。


15:25 白坂宿本陣跡
次は奥州街道最後の宿場、白河宿。これで旧五街道の旅も終わり…名残惜しい。


16:03 白河宿脇本陣柳屋
白河は駅と近い位置に宿場と城跡があってコンパクトに観光を楽しめそうだなぁと思いました。
脇本陣の手前には桝形跡であることが分かりやすいクランクが残っており、天神町・中町・大手町・本町といった町名にも歴史を感じて旧五街道の旅の締めにはいい場所だったなぁと思いました。


なお、本陣跡は脇本陣のすぐ向かいですが建物が現存せず、看板のみが建っています。




筑西市からやってきました白河駅。白河駅ってこんなレトロでいい雰囲気の駅舎だったんですか。


やってくる列車は東北を感じる701系。新白河より北ではもうこの車両の活躍範囲ですもんね。




そんなわけで漕ぎ切りました旧五街道。復路の経路もチラ見えしていますがこれが全体像です。
旧五街道に加え、脇街道と呼ばれる京街道・伊勢路・美濃路・上街道・下街道・佐屋街道・日光北街道を濃い線で表しております。
脇街道に関してはどこまで取り上げるのか定義が難しいところですが、旧五街道に所縁のあるものは漕ぎ足していったりもしたいなぁと思っていたりします。

ということで、2020年4月に東海道サイクリングを開始してから約2年、あっという間に漕ぎきることが出来ました。ありがとうございました。

白河駅から返却するための帰り道については、また次回の記事に回します。

おわり


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2 コメント

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Unknown (nerotch9055)
2022-03-16 15:58:31
こんにちは!

スゴい!
スゴいとしか言えない!!
お疲れ様です!
茨城から栃木を通り福島まで・・。
私なら、途中で諦めていたはず。
いつか、そんな自転車での旅をしてみたいなあ~!
(*⌒▽⌒*)
返信する
Unknown (motoryama7011f)
2022-03-16 20:45:51
@nerotch9055 コメントありがとうございます😊
今回はこれといって観光してない気がしますが…目標定めてた分達成感はありますね。
はちゃめちゃに長距離でなくても、サイクリングはおすすめですよ〜
返信する

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