motoryama7011fの鉄ヲタ日記

おでかけしたい

東海道サイクリング その3(岡崎→藤枝)

2020-06-07 22:45:38 | 旧五街道サイクリング

待ちに待った県境跨ぎ解禁。風通しがよく感染リスクの軽減にも効果的な自転車を用いて東海道を東へ進んできました。
レンタサイクルのHELLOCYCLINGをフル活用してよう街道を東へ進むこの企画も今回で累計3日目。
一応この記事は続きになっていますのでその1からまとめて見ていただけるとわかりやすいかと思います。


6/3 4:30頃 滞在していた快活CLUB岡崎大樹寺店を出発します。
ここから最寄りのHELLOCYCLINGステーションまでは徒歩30分ほどあるのですが仕方ありません。
岡崎南公園に行ってきた様子などを早く記事にしたいと思い、ちょっとだけブログ書いてすぐ寝よう明日は早いんだと思っていたら23時台になっていましたね…




早くまっすぐ向かうべきなんですが、やたらとかっこいい外観に惹かれ、日本エステル岡崎工場へ。


これは前日6/2の夕方に撮ったやつですが、愛環の線路のすぐ後ろにあるため絡めて撮ることが出来ます。


まだ4時台なので電車はやってきません、昨日撮っておいて正解でした。


日本エステルと聞くとパッとわかりませんが、ユニチカ岡崎工場に隣接した工場といえばピンとくる方もいるかもしれません。
昔の名鉄拳母線が貨物輸送を担っていた「ユニチカ専用線」が伸びていたあの工場です。
1971年に国鉄岡多線(今の愛知環状鉄道線)が完成し、そこから貨物支線が出るようになるとすぐ1973年に拳母線が廃線となっているので、かなり重要な取引先だったんじゃないかなぁと思います。
その後1999年までユニチカからのテレフタル酸輸送が行われていたようです。

上の地図で朱色の線が名鉄拳母線及び路面電車の岡崎市内線。
ピンク色の線が岡多線からの貨物支線になっており、両方とも日本エステル・ユニチカ岡崎工場へ向かっているのがわかります。


北岡崎駅方面を望むと、これはわかりやすい廃線跡のカーブが。


入口の門を過ぎ敷地内にはまだレールが残されていました。この手の工場だと残ってるとこ多いですよね。








やたらとごちゃごちゃしたこの配管の雰囲気、なんというか、いいですよね(語彙力)


5:00 サイクルベースあさひ北岡崎店にてレンタルを開始。
岡崎地区の自転車はすべて小径車となっています。これで約140km行くと考えると…不安です。

先日乗ってみて思ったのが、
・歩道の段差に対する衝撃の大きさが気になる
・径の小ささが故なのか、アシスト切でもそこまで負荷を感じない
・かごが小さい、荷物がぎっちり
という感じでしょうか、気のせいかもですがアシストを切ってもそんなに重くないというのは結構嬉しいポイントです。


ECOモードで80kmはあるので普通はアシスト切れなんてないと思うんですが、いかんせん距離が長いもので…


岡崎から先の旧東海道宿場はこんな感じ。赤い文字はHELLOCYCLINGステーションのある宿です。
天竜浜名湖鉄道・光明電気鉄道(廃止)沿いに浜名湖の北を進むのが姫街道。
天竜浜名湖鉄道は国防上の理由で海岸沿いは危ないと建設されたものですが、じゃあ姫街道は何なんだというと浜名湖を越える今切(いまぎれ)の渡しを避ける意味が強かったようです。
美濃路・中山道周りで七里の渡しを越えるのと同じく、馬を連れた旅人が渡しを嫌って選ぶことが多かったってことですね。


まずは岡崎城・東岡崎駅を通って美合方面へ。ちょっと位置飛びしていますがまあいいでしょう。


美合あたりからは旧東海道沿いを通って本宿駅を目指します。




名鉄名古屋本線と旧東海道の交差地点には松並木が残されています。
前回知立松並木を紹介しましたが、この先でも何度か松並木の保存がされていていい雰囲気でした。
6月といってももう夏みたいなもんで日差しが過酷なので松並木の木陰を走れるのは大変ありがたいですし。


ちなみに前回4月に走った時の教訓を生かし、紫外線完全対策で挑みます。
mont-bellの紫外線カット帽子とサングラスに日焼け止め。かなり不審者度が高くなります。
恰好は半袖半ズボンですがタイツ?レギンス?(名前がわからない…)みたいなあれを上下とも着用で紫外線ガードしています。
熱中症の対策もあって走行中マスクは外しています、お店に立ち寄るときのために持ってはいますが。


5:55 藤川駅に到着。
この駅の北側に旧東海道が、南側には国道1号線が通っており南側には道の駅も併設されています。
だいぶ前に電車で来たことがあります、この時間ではコンビニしか空いてないと思いますが。




この藤川宿というのが地味に坂があるんですよね、序盤なのでアシストはほぼ使わずに来ましたがこの辺からはちょっと使って進むことに。




6:28 本宿駅を越えたあたりでは国道1号線と名鉄名古屋本線が綺麗に並びます。
折角なのでこのあたりで電車を撮っていくことに。


少し移動し、豊川市との境界付近のカーブで構えていると最新型の9500系がやってきてくれました。
3150系よりも名鉄らしい赤を前面に大きく配しており、ツリ目っぽいライトとも相まって非常にかっこいいです。
このカーブでタイミングよく来てくれたことには感謝でした、いいもの見られた。




豊川放水路を越える地点で国道1号線の300kmポストが。


豊川を越えると豊橋のシンボル、吉田城が見えてきました。
ここの昔の吉田大橋のあったところと少し違い、旧東海道の橋は1つ下流に架かっています。
当時の吉田大橋は旧東海道において美しい橋として知られていたようで、多くの浮世絵に描かれているとのことです。

このお城は昔は地名に倣って今橋城という名だったのですが、今川義元が吉田城に改称。
吉田藩・吉田宿などこの地の名前として定着したものの、明治に入ると今の宇和島市の一部に当たる(伊予)吉田藩と紛らわしいから改称しなさいとお達しが出て豊橋の名前に改めたとのことだそうです。

今橋→吉田の改称ですが諸説ありますがこれは縁起を担いだ瑞祥地名の一種であるといわれています。
曰く、忌まわしいに通じる今橋は縁起が悪いので縁起がいい吉田に改めたということ。なるほど納得です。


この先国道1号線は豊橋市の北側を進んでいきますが、折角なので駅へ寄っていくことに。


8:08 西八町交差点では国道1号線と路面電車が出合います。
国道1号線はこの交差点で左へ曲がっていきます。まっすぐ行くと豊橋駅方面へ至ります。


路面電車のある町、いいですよね。


適当に撮っていたらタイミングよくヤマサのトラックがやってきました。ザ・豊橋って感じの写真になりました。


ビール電車・おでんしゃなどで使われるレトロ車両も見られました。ラッキー。






路面電車に沿って豊橋駅前へ向かいます。


駅に寄らずまっすぐ行けばよかったのに駅の近くをぐるぐるしたせいで1時間もロスしてしまいました。
まあそういうこともありますよね…駅の周辺に行けばカフェでモーニングが食べられると思ったのですが駐輪が出来ず詰みました。


駅の近くで渥美線だけ撮って先へ進むことにしました。


8:48 コンビニで豊橋名物ブラックサンダーを購入。運動の後に糖分は生き返ります。


豊橋総合動植物公園のんほいパークを見ながら国道1号線を進みます。


二川駅付近で二川宿を見るべく旧東海道に移ります。


二川宿は結構車の通りが多くてびっくりしました。鳴海とかに近い雰囲気。


この先国道1号線沿いにある道の駅潮見坂に行こうと考えていたのですが、そこを通る潮見バイパスは自動車専用道だったので自転車・歩行者は一旦行って戻る形に…諦めました。


境川というかなり小さな川を渡ると愛知県は終わり、ここからは長い長い静岡県に突入します。
滋賀県民なので読み間違えそうになりますが、湖西(こさい)市に入ります。
東海道沿いの主要な湖である琵琶湖と浜名湖。京の都から近いほうが近江、遠いこちらが遠江(とおとうみ)という国名で呼ばれていました。




国道1号線の潮見バイパスの下を通れる区間になったので日差しをよけつつ進んでいきます。
この辺りは旧東海道の白須賀宿が置かれた地。東海道本線は姫街道嵩山(すせ)宿に近い新所原を通る内陸ルートですが旧東海道や国道1号線は二川から南下し海岸沿いを進み新居に向かいます。

こんな感じに旧東海道と離れたところを東海道本線が通ることになった場合は大体救済となる私鉄などが出てくるものです。
この白須賀宿に関しては私鉄こそ敷設されませんでしたが国鉄バス浜名本線という路線が豊橋~二川~白須賀~新居町に設定されていました。
現在この区間を走破する路線は設定されていませんが、旧東海道の宿場町救済のために国鉄バスが設定されるというのは坂下・土山宿を通る亀草線に似たものを感じます。




白須賀の海岸にて。海風に当たれる堤防の上でしばし休憩。




海岸は、ちょっと霞んでいますね。
この日の天候はやや曇りがちで快晴ではありませんでしたが、そのほうが長距離自転車やるには都合がいいもんです。


白須賀を出発。海沿いなこともあって昔から行き交う人々に風光明媚な地として親しまれた地の1つなんだろうなぁなど思いながら。


国道417号線に沿って新居を目指します。途中の橋本交差点で90度曲がって北上すると旧東海道で新居関所に至るのですが全く気にせず直進していました。


10:57 新居町駅駅すぐの栄町交差点。


少し戻れば新居関所がみられるのですがまあいいやとパス。
びっくりしたのですが、駅名と違って地名は新居町(あらいちょう)なんですね。


新居町駅前を過ぎ、昔は渡し船で越えていた今切の渡しを越えていきます。




弁天島に入ると市を跨ぎ浜松市に入ります。




新幹線と東海道本線も横を並んでわたっていきます。


西浜名橋・中浜名橋・弁天大橋と弁天島を経由して渡っていきます。
弁天島という島自体は昔からあったようですが現在の形になったのは昭和の開発によるもの。
多くが埋め立てによってリゾート開発された土地であり、温泉観光を売りにしたホテルが並びます。


大きな赤鳥居も見えてきますがあれもリゾート開発に関して作られたものとのこと。






3つの橋を渡り終えると舞阪宿に至ります。
ここも旧東海道の雰囲気を残す松並木の景観が残されていて非常に素晴らしいです。


高塚の付近には麦飯長者の功績を伝える看板が立っていました。
やっぱり、ごはんに対する感謝は語り継がれるほど大切なものってことですよね。


東海道本線に近いところを走っていくので、とりあえず1枚。カーブがいい感じ。


この先も旧東海道沿いにまっすぐ進み、次の宿場町である浜松を目指します。




12:44 浜松駅到着。
浜松宿は今の浜松駅と大きく離れておらず、駅周辺のお店へのアクセスもしやすいのが大変助かります。
お腹が減ったのでここでお昼にします。近鉄四日市の時もそうでしたが私鉄百貨店のある駅は都市部でも百貨店利用者向けの無料駐輪場が設けられているので大変助かります。


最初は遠鉄百貨店のさわやかに行くつもりだったのですが、やっぱりというか案の定というか混んでいたので計画変更。
ぐるぐるしている浜松駅バスロータリーを見ながらJR浜松駅MAY ONEのグルメフロアへ。
このバスロータリーかっこいいですよね。浜松に来たら上からこれを見ておきたいところです。


13:11 今日のお昼は浜松名物の餃子。静岡DCの時に行って美味しかった五味八珍に入店。
目の前にバスロータリーを眺めるカウンター席、オタク大喜びの席なのもよかったです(笑)

この日は暑かったので浜松餃子とつけ麺のセットにしました。
5時から7時間ほど自転車を漕いでいるわけで、さすがにお腹も減っています。
朝はゼリー飲料とブラックサンダーくらいしか食べていなかったのでこれくらいのボリュームはペロッと完食してしまいました。
これだけ食べて990円、結構安い気がします。ほかにも600円台のランチセットはありましたが、餃子が縦に6個並んでいるようなやつだったので折角なら浜松餃子らしく円形で真ん中にもやしがのった食べ応えのあるやつにしました。
美味しかったです。ごちそうさまでした。




13:36 この先も東海道に沿って東を目指します。


14:15 天竜川の西詰に当たる中野町に到着。
ちょうどこのあたりが東海道の真ん中ということで中野町と呼ばれるようになった説があるみたいです。もう半分来ましたかぁ。


天竜川を渡ります。この川も昔は橋がなく船で渡していました。
旧街道の宿場町というのは一定間隔に設けるのが基本ですが、増水したときに泊まれるように大きな河川を前にしたところに設けられたり険しい峠の前後で休めるように配慮されていたというのが実際通ってくるとなんとなくわかるようになってきます。


天竜川を越えた先には見附宿が。広めの道路ながら松並木が残されているのがうまい共存って感じで素敵です。


磐田駅を越えてヤマハの工場が増えてきたあたりでちょっと寄り道、やけに新しい道を行きます。


14:56 御厨駅到着。
話題を掻っ攫った高輪ゲートウェイ駅と同じタイミングで今年の3月ダイヤ改正で誕生した新しい駅ということで来てみたかったんですよね。
駅前にはまだ開発中っぽい更地もありますが、結構工場や既存住宅地に近く開発を見越した駅というかは普通に不便だから作った駅という感じがします。


御厨駅を過ぎて少し行った先で上空に飛行機を発見。
こんな高度になるってことは…この辺に空港ってあったかなぁとズームして撮ってみたらなんか変なちょぼがついていました。

「なんか変な飛行機見つけた」とツイートしたところすぐに自衛隊浜松基地のE-767という早期警戒管制機とすぐに教えてもらえました。
なんか上に載ってるから早期警戒管制機ってやつなんだろうなぁというのは以前釜山金海空港で似たようなやつを見たので予想が出来ていましたがこんなのが日本の空を飛んでいるんですねぇ、ちょっと珍しいものが見れたような気がします。


太田川を越えると袋井市に突入。
この先は県道413号沿いに飛ばしていきます。






15:49 袋井宿松並木。京都→岡崎の時に比べて松並木の保存が多く何度も言いますがいい雰囲気を感じられます。好き。




16:10 ローソン掛川領家店
暑くて疲れたのでアイスを購入、すぐ近くにあった国道1号線沿いの小道の東名高速道路ガード下で食べました。
ガツンとみかん食べたいなぁと思ったのですがちょっと変わった味のやつしかなかったのでこれに。
さっぱりした南国フルーツ味、美味しかったです。


16:31 本数の少ない天浜線と交差する踏切に差し掛かったところでちょうど警報機が鳴り始めました。ナイスタイミングです。
やってきたのはボーカロイドの音街ウナさんのラッピング車両。これ見たいなぁと思っていたのでちょうどよかったです。


掛川城を見ながら市内を進みます。


めんどくさいので多少の位置飛びはいいかと思っていたのですが、まさか苦労してたどり着いた茶畑への道が一切記録できていなかったのには驚きました。まじか…
上の図では緑の線で追加しています。


旧東海道日坂宿に入ってすぐの看板があるところで分岐、4kmほど進んだ先に茶草場農法ビュースポットがあると看板があったのでアシストの残量をゴリゴリ削っていってきました。

【静岡】お茶の名産地 掛川で茶畑めぐり【1906静岡】掛川駅 6/26-101

YouTuberスーツさんも紹介していた掛川茶の茶畑、絶対寄っておきたいなぁと思い今回楽しみにしていたポイントの1つでもありました。


ただ、この急坂を延々漕ぐのは厳しいなぁと思い3kmほど進んで景色が開けたところでこの辺でいいかぁということにしました。


17:26 やってきました、静岡らしいお茶畑。






山の上のほうに登ってくるとこの景色は確かに圧倒的なもんですね、頑張って登ってきた甲斐がありました。


この向きが一番でしょうか、かなり素敵でした。


坂を駆け下り日坂宿中心部へ。




驚きました、日坂宿には高札場が保存復元されていたんですね。
訳がないのでちょっと内容はわかりません、ごめんなさい。


宿場の中心となる本陣については現存せず、公園の入り口として門など一部が残るのみとなっていました。


日坂といえば浮世絵に描かれたこのめちゃくちゃな坂道。
小夜(さよ)の中山という難所がこの先待っています。




自転車で行けるかわからずとりあえず進んでみましたが、これは厳しそうです。
大人しく国道1号線のほうを通っていくことにしました。
この区間では日坂バイパスという高規格な道が別にあるので歩道がなくともそこまで心配せず通行できるので安心です。


小夜の中山トンネルを越えます。
歩道はありますが縁石はなくポールと線で区切られているだけで少々不安な感じはしました。


小夜の中山トンネルを越えると島田市。


この区間も山なのが影響しているのか位置が結構飛んでおります、青色の線で今回は補足。
そのまま道なりに進めばよかったものの小夜の中山越えたぜヒャッハーと菊川沿いに坂を下ってしまったのが間違いでした、金谷に至るため再度坂を上って元来た道筋に再度合流して進みました。


坂を下りてきたところには、何やら立派な道路橋が作られていました。PCラーメン構造というやつでしょうか?
国道473号線金谷相良道路というやつだそうで、国道1号線菊川ICと東名高速道路相良牧之原ICを結ぶ道路になるようです。




再度山を登っていく途中で旧東海道の石畳区間と交差。




坂を再度登って金谷方面へ。
まだまだアシスト残量は8kmほどあると思って漕いでいましたが、急に減速して電池が0になってしまいました。
途中で残キロ表示から速度表示に切り替えたことを忘れており、現在8km/hと表示されているものを勘違いしていたみたいですね…

残りの電池が0になると返却処理すらできなくなる可能性がある、ということですが…これはやってしまったパターンのやつでしょうか?
デジカメとかであるみたいに、0でも電源くらいは入れられるよなぁと信じてとりあえずは東へ。
幸いにも峠はあと少しだったので手で押して上がり、金谷宿中心部まではS字カーブの道を駆け下りていきました。


18:40 新金谷駅到着。レトロでいい感じの駅舎。
感染症の影響で観光客が激減し、現在は朝夕を除き全列車がバス代行を行っている大井川鐡道。
乗ったことない路線ですし再開したらぜひまた来たいなぁ。




南海電鉄のズームカー、日没が近いこともあって大代側線やSL見物はパスしましたがここから見える車両だけでもかなり貴重な気がします。


なんか駅に人がいるなぁと思ったらちょうど代行バスがやってきました。


駅のすぐ脇の車庫にはポンチョもいました、かわいい。








19:02 大井川橋梁西詰
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」といわれ有名な大井川を渡ります。
川の水位が高いときは川留めといって渡れなくなり、何週間も宿泊費ばっかりがかさんでいくという難所でした。
橋が架けられなかったのには、当時これだけ長大な橋を架橋する技術がなかったこと、江戸防衛のためなどありますがよく言われるのが川越人足の職を守るためという話ですね。
川留めによる宿泊や川越産業によって金谷宿の発展があったというのは確かな話なので、難工事をしてまで長大な橋を架ける気にはならなかったような気も確かにします。


川幅の割にはそんな水が流れてなさそうで歩いて渡れそうやんといつも思っていましたが東側はそこそこ普通の川なんですね。


そろそろ日が暮れる頃合い、大井川から見る夕焼けは綺麗でした。


ラストスパート、まっすぐ東海道を東へ。


島田宿を過ぎると次は本日のゴール、藤枝です。
まあ厳密には藤枝駅と藤枝宿は離れているんですけどね…


19:32 藤枝市内に突入

ところで第一回の時にも触れましたが、この自転車ってアシスト機能を使用する前提なのでアシスト機能を殺して走るとライトがつけられないんですよね…
前は残量0ではなく翌日のために温存したいのに…という感じでしたが今回は違います。電池が残っていません。

そして日が暮れています。無灯火運転は危険ですし違反に当たります。
どうしようかなぁと思っていたのですが、いいことを思い出しました。


こちらが私が普段使っているASUS製のモバイルバッテリー、10050mAhと大容量なのでとても助かっています。
特に今回のように位置情報によるタイムライン記録が重要な場面でスマホの充電がなくなってはいけません。
モバイルバッテリー3台持って挑みましたが結局この1台で1日は持ちました。

このモバイルバッテリーなのですが、おまけ機能として電源ボタン長押しでライトとして使用することが出来るようになっています。
そんなんいつ使うねんと思っていましたがちょうどいい機会ですね、試してみましょう。


しっかり固定して前を向くようにする必要はありますが、光源としては十分です。助かった。


この明るさなら「白色又は淡黄色で、夜間前方5メートルの距離にある交通上の障害物を確認することができる光度を有する前照灯」の要件は十分に満たすことが出来ます。
パッと見は普通の前照灯使っているように見えますしそこまで不自然でもない気がします。




19:52 この日のゴールとなる藤枝駅に到着。
岡崎から藤枝まで、Googlemapによると約134km移動してきたみたいです。


電池は0%でしたが起動には成功、無事に返却処理を済ませることが出来ました。


14時間55分の利用、1,600円でした。


本日のお宿は藤枝駅前の東横イン。朝食の提供スタイルが変更となる旨が掲示されていました。

さて、1日自転車を漕いできたわけで、お腹が減っております。
ホテルに荷物を置いて、シャワーを浴びてからすぐに晩御飯を食べに行くことにしました。


さっき返却した藤枝駅前のHELLOCYCLINGステーションにて新しい自転車をレンタル。
藤枝地区の自転車はすべて径の大きなものになっています。
この鍵の部分が丸っこくなってるの、なんか昨日東岡崎駅で見たのと似ていますね…
藤枝→東岡崎チャレンジをした方が他にいるということでしょうか。自分以外にこんなバカがいるなんて…


藤枝駅から約2km、県道222号線沿いにあるさわやか藤枝築地店へ。
これくらいの距離なら一般的なシェアサイクルの使い方ですね。


静岡県に入ってからご挨拶が遅くなりました。


20:51 入店、待機。
事前にHPで確認してから行ったのですかこの時は並ばず入店できました。






たいへん美味しゅうございました。
少し赤みが残る程度のげんこつハンバーグ。目の前で切って焼き締めてくれるのがまたいい演出ですよね。




レジで貰えるハッカの飴ちゃんを舐めながら藤枝駅に戻りました。


レンタル代金は250円、あと3分早ければ200円だったのに…惜しい。


そんな感じで東海道京都から累計3日目の移動が終了。
もう折り返し地点は過ぎ、東京のほうが近い位置までやってきました。明日も頑張るぞい。


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ちなみに…


今回私は、住んでいる滋賀県の指針に従い6/1を以て都道府県を跨いだ移動の自粛が開所されたと判断し決行しております。


道中静岡県内ではこんな掲示を見ましたが、これはあくまで静岡県が独自により強い措置を行っているということみたいです。
国が出している方針に照らし合わせても、北海道及び関東の一部はなるべく控えるべきだけどその他は別に構わんのやでと書いてあったのでそちらに従って行動をしております。
以上。

つづく。

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2 コメント

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こんにちは! (きみちゃん)
2020-06-08 11:34:56
京都から東京を目指しているんですね?
私は連れ合いと・・・日本橋から徒歩で・・・最初は歩ける範囲でそして帰宅!
を何回か繰り返して最初は平成18年11月から20年10月・・・足かけ2年で殆ど旧道を歩いて京都に到着しました。

自転車で行動されいていますね?
十分に事故には気を付けてください!

今、神奈川東京埼玉千葉の県をまたぐのは自粛をお願いしています。
全部OKになったら・・・是非お越しください!

もう、気を抜いている人がいますが・・・
まだまだ油断できません。
最低でも・・・
マスクの着用をお願いします。

お邪魔しました。
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Unknown (motoryama7011f)
2020-06-08 11:41:52
コメントありがとうございます
徒歩ですか、それはまたすごい…
開始地点までの交通費だけでえらいことになりそうですね(笑)
旧道と言うことは薩埵峠・小夜の中山・鈴鹿峠などはあのハイキングコースみたいなとこを行ったんでしょうか、すごい。

自転車移動なので事故には十分気をつけて進みたいと思います。ありがとうございます。
まだ書けてませんが、この翌日は神奈川に行けないことから静岡県内の行ける所まで行ってすぐに帰宅しました。出来たらそのまま東京日本橋まで行きたかったんですけどね。

神奈川東海道への跨ぎが解除されたらまた行かせていただきます。
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