薫 風
2011-04-29 | 風
ようやくだったのか もうなのか・・・・・
父が薫風に乗って旅立ってから 今日この刻で丸一年になります。
最期の刻まで 自分らしさを貫き通した父だったのだと ようやく思えるようになりました。
仕切り屋の父は 最期になった別荘入りの前に お墓を整え 仏壇を新調し
遺影にする写真を選び お願いして戒名をいただいていました。
カウントダウンが始まっていたベッドの上では 斎場と火葬場の心配までしていたものです。
連絡を受けて駆けつけた母を待たずに さっさと逝ってしまった父ですが 昔からそうでした。
出かけるとなると 家族の都合なんて蚊帳の外 行くと決めたら即刻出かけないと気が済まないのです。
自分の思い通りに事が進まないと気が済まない父でしたから 誰の説得も聞くことなく
父は きっと この日に逝くと決めていたのかもしれません。
また もの凄く外面の良い人でした。
どんなに辛いときでも 面会に来てくれた妹弟(=叔母叔父) 友人知人には
最期まで いい顔をし続けていました。
別荘の看護師さんたちにさえ ケアして貰うことを遠慮し その辛さを母にぶつけていました。
そんな父でしたから GW初日を選んで旅立ったのも 遠くからお別れに来てくれる人たちが
自分の為にわざわざ休暇を取る必要がないようにと慮ってことだったのかもしれません。
GWには仕事が超多忙になる娘の都合よりも お別れに来てくれる方々の都合が優先だったのでしょう。
まったく何もかもが 父らしくて泣けてきちゃいます。
でも その涙には もう後ろ向きの切なさはありません。
肯定できる涙なのだと思います。
昨日までは 去年の今頃父は・・・・等と
旅立つ前の父の姿を思い出しては 切ない想いをしてきましたが
今日からは 一年前を思い出しても 既に父は旅立った後ですから
今までのような痛みを伴って思い出すことが減っていくのかもしれません。
それでも 彼岸に旅立つその刻が来るまで 自分の中で父は生き続けているのだと思います。
薫風自南来 さて いよいよゴングが鳴ります![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/67/8159a5cfa82cde1ad3e2c09159e11c5d.jpg)
誠実に 職務に励みなさい!・・・と 父の声がきこえてくるような気がします。
父が薫風に乗って旅立ってから 今日この刻で丸一年になります。
最期の刻まで 自分らしさを貫き通した父だったのだと ようやく思えるようになりました。
仕切り屋の父は 最期になった別荘入りの前に お墓を整え 仏壇を新調し
遺影にする写真を選び お願いして戒名をいただいていました。
カウントダウンが始まっていたベッドの上では 斎場と火葬場の心配までしていたものです。
連絡を受けて駆けつけた母を待たずに さっさと逝ってしまった父ですが 昔からそうでした。
出かけるとなると 家族の都合なんて蚊帳の外 行くと決めたら即刻出かけないと気が済まないのです。
自分の思い通りに事が進まないと気が済まない父でしたから 誰の説得も聞くことなく
父は きっと この日に逝くと決めていたのかもしれません。
また もの凄く外面の良い人でした。
どんなに辛いときでも 面会に来てくれた妹弟(=叔母叔父) 友人知人には
最期まで いい顔をし続けていました。
別荘の看護師さんたちにさえ ケアして貰うことを遠慮し その辛さを母にぶつけていました。
そんな父でしたから GW初日を選んで旅立ったのも 遠くからお別れに来てくれる人たちが
自分の為にわざわざ休暇を取る必要がないようにと慮ってことだったのかもしれません。
GWには仕事が超多忙になる娘の都合よりも お別れに来てくれる方々の都合が優先だったのでしょう。
まったく何もかもが 父らしくて泣けてきちゃいます。
でも その涙には もう後ろ向きの切なさはありません。
肯定できる涙なのだと思います。
昨日までは 去年の今頃父は・・・・等と
旅立つ前の父の姿を思い出しては 切ない想いをしてきましたが
今日からは 一年前を思い出しても 既に父は旅立った後ですから
今までのような痛みを伴って思い出すことが減っていくのかもしれません。
それでも 彼岸に旅立つその刻が来るまで 自分の中で父は生き続けているのだと思います。
薫風自南来 さて いよいよゴングが鳴ります
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/67/8159a5cfa82cde1ad3e2c09159e11c5d.jpg)
誠実に 職務に励みなさい!・・・と 父の声がきこえてくるような気がします。