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一期一会

日々是好日な身辺雑記

アルル観光へ

2024年05月23日 | 旅行
5/22(水)はニームと同じくローマ遺産の街であるアルルへ行ってきた。そしてこの街はゴッホゆかりの地でもあり、ゴーギャンと共同生活をし創作に励んだ所だが、ゴッホの作品は一枚もこの街には無い。(エスパス•ヴァン•ゴッホ)というゴッホが精神を病んで、耳を切り落とした時に入院していた場所が、現在総合文化センターとして利用されている。



アヴィニヨンからノンストップで17分でアルルへ到着。一つの車輌が日本のようには長くなく対面4人席や2人席などが混在している。
アルルには20分弱で着き、ローマ時代の遺産である見所が円形闘技場の周辺にあるので、先ずはそこに向かって10分ほど歩く。

(円形闘技場)


円形闘技場のチケット窓口では四つの建造物一つの美術館への共通入場券を購入する。円形闘技場はニームで見ているので、古代劇場→地下回廊→コンスタンティヌスの共同浴場→サン•トロフィーム教会回廊→レアチュー美術館と廻った。

(古代劇場)





(地下回廊)




(サン•トロフィーム教会回廊)







(コンスタンティヌスの共同浴場)



(ローヌ川)



(レストランAVENIO)


(前菜)


(私の主菜、豚肉の何ちゃら)


(カミさんの主菜、鱈の何ちゃら)


娘がネットで調べてくれた(AVENIO)は英語メニューがあったので、それなりにイマジネーションを働かせて注文できたが、グラスワインのテスティングを促された時は、戸惑ったがそれなりの反応を返しておいた。
カミさんは鱈とは思えないほど美味しかったと言うが、私の方は豚肉が柔らかかった、ソースが初めての味だったくらいの食レポしかなかった。会計は閉めて89ユーロだった。
それより普段週一の飲酒なのに連日のワインだが、アルコール抜きの食事というのは許容範囲なのかどうかは分からない。因みに前日の(Forchette)はミシュラン認定レストランらしい。

プロヴァンスの地方都市で4日間をすごしたが、特に気づいたのは喫煙に対する寛容な社会である事だ。テラス席での食事でも煙草付きだ。それと電動キックボードが非常に普及している事で、あのスピードには驚かされる。それと犬連れが多く、テラス席での食事にも同伴するが、よく調教されている感じがする。まぁ、色々な多様性を受け入れるフランス社会なので、ミネラルウォーターでフレンチを、というのも許容されるかも知れない。


古代ローマ遺産の町ニームへ

2024年05月22日 | 旅行
5/21(火)は(フランスの中のローマ)とも呼ばれるニームに行ってきた。アヴィニヨンから電車で20分の位置にあり、デニムの語源の地としても知られている。「Serge de Nime」(ニームのサージ)と綾織物の産地として繁栄した歴史がある。

8:24発の電車に乗る前に、7時から始まる市場を覗いた。海外旅行をすると必ずその町の市場視察がカミさんの楽しみの一つで、その町の食文化の豊かさが分かると言う。
勿論プロヴァンスの中心地アヴィニヨンは肉、魚、乳製品、果物と豊富だった。















そしてチケット売場の窓口がなく、フランス語が読めず、使い方も分からず、悪戦苦闘したのがニームまでのチケットの購入だ。
まず英語表記にするのが分からず2人でああでもない、こうでもないとやっていたら、画面上部に小さく仏、英、伊の3つの国旗が表示されているのが分かった。そして下部の丸い物の外側を右に左に回して要求する事項に移動させ、真ん中のボタンで確定するというのが分かった。この操作で片道か往復か、日付設定、出発地、行き先、枚数の指定すると買えるのだ。下部の丸い物の操作が盲点だった。



フランスの中のローマと言われるニームにはローマ帝国時代の遺跡が幾つかあるが、紀元100年に建てられた円形闘技場は、世界一保存状態の良い闘技場と言われている。確かにローマのコロッセオから、トルコ、スペインのローマ時代の円形闘技場を見てきたが、ここの保存状態が1番良かった。
ただチケットを買った時に日本語の音声ガイドが含まれると聞いたが、貸出窓口に行ったら写真付きのIDカードを要求され、パスポートを提示したが、QRコードを読み取るように指示されたが、インターネットに未接続なので、読み取っても開けない。こんな時に国際ローミングを設定しておけば問題はなかった。ネット制限のある上海ではその必要性を感じていたが、現在ではインターネット接続デバイスは社会システム上必要不可欠なのだろう。まぁ美術館でもないので特にガイドもいらないかと、ゴネなかった。因みにUQモバイルでは出発前予約で一日450円である。

(円形闘技場)









ニームには紀元前16年に建築された古代神殿メゾン•カレが世界遺産に登録されている。
ニームは初代ローマ皇帝アウグストゥスが城跡を築き、腹心のアグリッパが修復したとされている。当初同じ世界遺産の水道橋ボン•デユ•ガールに行く予定でいたが、バスの連絡が悪くアヴィニョン戻るのが19:00近くなるので止めた。この辺が個人旅行の限界である。
まぁ、水道橋についてはスペインのセゴビアで世界一の水道橋を見ているし良いかと諦めた。

(古代神殿メゾン•カレ)






フムス(茹でたひよこ豆)料理の店かと思いランチに入り、違ったが美味しかった。 



(FrenchRestaurant /La Forchette)






夜はガイドさんから教えてもらったレストラン(La Forchette)に行った。19:00オープンだと思って行ったら19:15だと言い、ほぼ予約で満席だが一席だけ空いていると言う。本当かなと思いながらも予約して、時間潰しのぶらり歩きをしながら 、明日の夕食の店を娘が調べて送ってくれた(AVENIO)を予約して、オープン時間通りに戻った。この店は奥まった道路に面しており、外の席はなかった。我々が2番目のお客で、窓際近くの席に案内された。

最初は飲み物の注文で、ハウスワインで通じるはずだが、オススメは?などと聞いてしまいそれを注文した。それを飲みながら食事を検討するのだが、フランス語のメニューでアラカルトでの注文になるのでよく分からない。英語のメニューを頼んだら(Yes)と言いながら、中年の女性が来て英語で説明すると言う。
前菜、主菜と説明を受けたが、文字を拾うより、訛りがあるので言葉を聴くとる方が難しい。前菜はバジルとアスパラガスが聴き取れたのでそれを注文し、主菜はシュリンプと何たらフィッシュ、コリアンダーが聴き取れたのでそれを注文した。

カミさんは前菜は茄子の何とか、主菜は豚肉の煮込みを注文。それから次々とお客が来て満席になったので、残り一席は本当だったのだ。人気店らしく食事もワインも美味しかった。サービスもよく、デザートを勧められたが断ったら小さなシャーベットを持ってきてくれた。会計はしめて108ユーロだった。


プロヴァンス美しい村巡りツアー

2024年05月21日 | 旅行
5/20(月)はVELTRAで予約した(フランスの最も美しい村)を巡る日帰りツアーに参加した。8:50にツーリストインフォメーションセンター前に集合というバウチャーにより、10分程前に行くと8名くらいの外国人ツーリストと2組の日本人シニアカップルがいた。
ミュンヘンのように、小型バスを仕立てのツアーかと思っていたら、外国人ツーリストは別グループだった。バウチャーには英語ガイドの場合もありますと書いてあった。

我々の名前を出し尋ねてきたのは、日本人女性ガイドのHさんで、VELTRAの口コミに親切なガイドさんとして載っていた方だったので一安心。同じグループになったのはもう1組のシニアカップルで、Hさんのベンツのセダンに5名での出発となった。

フランスの最も美しい村は、1982年に質の良い資産を持っ田舎の村の観光を促進させる目的で設立された協会により、フランス全土の中から選定されている。その定義は人口が2000名以下であること。最低2つの遺産•遺跡があること、地域議会の同意を得られる事などだ。我が家にもフランスの最も美しい村の本がある。

(フォンテーヌ•ヴォークリューズ)








(プラタナスの並木)


フォンテーヌ•ヴォークリーズはアヴィニヨン近郊の人口700人足らずの小さな村で、村の名前にもなっている(ヴォークリューズの泉)は、水深300m以上のヨーロッパで最も豊富な水量を噴き出される泉として有名だ。その水源からの水はアヴィニヨン市街を流れるローヌ川に注がれている。村には大きなプラタナスの樹が立ち、緑が鮮やかだった。
このツアーの特徴は車内で主なガイドをすると現地で自由散策となる点だ。ガイドさんの旗に従って見て廻るというのとは違うのが、我々の旅のスタイルに合っている。1時間の自由散策だった。

(ゴルドGordes)



(セナンク修道院)


アヴィニヨンから40kmのゴルドはプロヴァンスで最も有名な美しい村で、天空に聳え立つ村の全景は別名(鷲の巣村)とも呼ばれ、ビュースポットからの眺めは圧巻の景色で、眼下に広がる風景もプロヴァンスらしいものだ。
そのビュースポットでの写真撮影を終えると、近くのセナンク修道院に移る。この修道院はシート派という最も戒律の厳しい宗派で、現在7名の修道士が居るという。美しい村のガイドブックを見ると紫のラヴェンダーが咲く7月頃が最も素晴らしいだろう。

(ゴルド村)






(ゴッホが描き続けた糸杉)


セナンク修道院からゴルドの村の中心地に着いたのが12:30で、ここから2時間の自由昼食+自由散策となる。人気観光地なのでランチ時は混み合うので、先に昼食を取りその後で散策を、とのガイドさんのアドバイスにより、オススメのプロヴァンス料理の店で昼食を。特にベジタリアというわけでもないが、フランス語メニューから単語を拾い出して注文した料理は、運ばれてきた時はそのボリュームに驚いたが、美味しかった。ただ完食は出来ず8割の消化率だった。

そして村の中は鷲の巣村と称されるように、村の中心から下るように家が立つ、独特の景観だ。そんな家の中にゴッホが向日葵の後に描き続けた糸杉もあった。
そしてゴルドは、ユダヤ人の画家シャガールが1940年ナチスがパリを占領した時に、迫害を逃れた地だ。豊かな自然に心慰められていただろう。

(ルシヨン)











ルシヨンは赤い村とも称され、ゴルドと並ぶ最も美しい村の一つで人口は1300人に満たない小さな村だ。赤い村の基になっているのが
ローマ時代から使用されていた天然のオーグル(赤土)によって作られた顔料で、そのオークルと漆喰で作られたペンキで、教会や家の壁を塗ると、その美しい景観が美しい村として観光業が発達した。現在は自然保護地区としてオーグルは使えない。1時間の自由散策で村の中心地を廻ったが、日本では見ない景観と静かな環境だった。

今回の旅行でパリを1番の楽しみにしていたカミさんも、この日廻った美しい村の景色にはいたく感激したようで、4日間のプロヴァンス旅行を企画して良かった。そしてツアーで廻るのは楽だった。



17時頃にはアヴィニヨン戻り、部屋で一休みして19時頃にガイドさんに聞いていたレストランに行ったが月曜日のこの日は復活祭から50日後のホイットマンデーにあたる祝日で休みだった。町をブラリ歩きをしたら台湾料理の店を見つけ入る。メニューを見たら(何ちゃって台湾料理)らしく、グラスワインも青島ピールも無かったが、意外にも味は良く美味しかった。

TGVでパリからアヴィニヨンへ

2024年05月20日 | 旅行


5/19(月)はケールリヨン駅9:30発のTGVでプロヴァンス地方の中心地アヴィニヨンに向かった。2時間50分の乗車時間中、なだらかな牧草地帯が延々と続き、雲が低く位置する初めて見る車窓からの風景は見飽きることがなかった。フランスがEUの中で1番の国土面積を誇り日本の1.5倍で、農業大国である事を実感する車窓からの風景だ。







アヴィニヨンには1309年からローマ教皇が7代69年間に亘って居住していて、そのローマ帝国時代の歴史を感じさせる遺産が多数ある。イギリスの作家ピーター•メイルの書いた(南仏プロヴァンスの12か月)を40代の頃に読んで以来プロヴァンスは憧れの地で、いつか行ってみたいと思っていた。

12:20にアヴィニヨンTGVに着き、在来線に乗りかえ4分のアヴィニヨンセンターはイタリアの田舎町のような街並みで、駅前から直ぐに城壁に囲まれた市街地になる。
4泊する宿泊場所はホテルではなく、アパートメントの1LDK45㎡とキッチン付きを選んだ。駅から歩いて10分くらいの位置だが、探すのが大変だろうとタクシーを利用して8ユーロ。












事前に知らせてもらっていた4桁番号により玄関脇のキーボックスから鍵を取り出し、アパート入口→部屋と自分達でチェックイン。スーツケースを開け整理をしたら13:30となりランチを取りに。フランス語メニューから単語を拾いイマジネーションを働かせて注文。実はこのランチが2食ぶりの食事で、昨日から時差ボケの極端な睡眠不足と飲料水の飲み過ぎで軽い下痢になり、夜、朝と絶食したのだ。日本では全く問題にしない軽度なものだが、フランスのトイレ事情からすると重症と同意で、昨日はカミさんに薬を買ってきてもらい服用している。そんなことで、昨日の部屋食はカミさんだけのものだ。朝はカミさんはサンドウィッチ、私はお茶だった。

そんな事情からのランチは美味しかった。38ユーロとパリからすると安めだった。








南仏と称されるプロヴァンス地方はパリと比べて暑いくらいで、全長4.3kmの城壁に囲まれたアヴィニヨンの町は大勢の観光客で賑わっていた。ツーリストインフォメーションセンターに寄り、バスの時刻表など必要な情報を仕入れてから、14世紀に建てられた法王庁宮殿、1117年から8年かけて作られたサン•ベネぜ橋(通称アンヴィニヨン橋)などの史跡巡りをした。暑さの中をでこぼことした石畳を歩くと疲れ、木陰に座って休みながら史跡巡りをした。街中散策ではカミさんが好きなバルサミコビネガーやトリフオイルなどの調味料を買った。何故かこの手の店廻りをすると生き生きとするカミさんで、昨日も薬を買いに行った時に有名なデパートの食品売り場を覗いたらしく、戻ってきてからチーズや生ハムの安さに感激していた。




バルサミコなどを買った店でスーパーマーケットを教えてもらい、ワイン、チーズ、生ハム、サラダ、クロワッサンなどを買い求め、実質的に初めての部屋食をした。
さすがにワインは安くて美味しかった。

明日はVELTRAで予約したプロヴァンスの美しい村を巡る日帰りツアーに出かける。
VELTRAの日帰りツアーはミュンヘンでも利用したが、各ポイントでは自由に動き廻れるプログラムなので我々の旅には適している。
腹の具合も2回の絶食で良くなったので、安心して参加できる。


パリ観光初日 

2024年05月19日 | 旅行
 パリ観光の初日が一日遅れの5/18(土)からスタートした。前回のブログに書いたエアチャイナトラブルは結果的に遅延ではなく欠航となった。
そして最終対応策が決まったのが5/16(木)22:30という長い一日だった。
その日は羽田空港内のヴィラフォンテーヌホテルに泊まり、翌17日(金)に同じフライトスケジュールで北京経由パリ行きとなったが、この日も羽田空港、北京空港で次々と信じられないトラブルが起こり、それでも何とか予定時刻にパリに着いた。その間の経過を書きたいが長くなるのと、思い出すと腹も立つので帰国してクールダウンしてから書こうと思う。

パリ滞在中の大まかな予定はスケジューリングしており、それに沿って美術館などのチケットの手配も既にしてある。17日はルーブル美術館を最初に右岸1区、2区の見所を廻る予定だった。それが無くなったので2日目の予定だったベルサイユ宮殿からのスタートだ。

3泊の予定が2泊になったHotel Etas Unis Operaはオペラ座から歩いて5分の所にある四つ星ホテルでパリ観光に便利な立地で、部屋もパリ市内にしては広いが、家庭的な小さなホテルだ。参考に料金を記すと3泊で820ユーロだが、BookingComに支払い済みなので1泊分が戻ってくるわけでもない。
こんな愚痴をいってもしようがないので止めよう。トラブル顛末記は帰国してから書こうと決めたのだから。

(オペラ座)

(オペラ座)


オペラ座表面は興醒めのCHANELの大きな看板?があったが、あれは何だったのだろう。工事中か何かのボロ隠しなのか?



ベルサイユ宮殿に行くまえにオペラ座近くのカフェで朝食。一つのサンドウィッチを半分に切ってもらい2人で。それにクロワッサン一個とカフェラテで42ユーロ。円安とフランスの物価高に感心のある方は、そこに170円をかけて下さい。羽田空港の両替所は1ユーロ173円でした。

ベルサイユ宮殿は10:30入場のチケットを事前購入し、9:30頃に着き時間帯毎の待ち行列に並んでいたら、真後ろから日本女性の声が聞こえた。カミさんが声をかけたらロンドン在住で、友達が日本から遊びに来たのでユーロスターでパリ観光に案内したとの事。知的な感じの美人で気さくなお人柄の女性だった。
ロンドン在住40年で金融の仕事で香港に居たことがあり、ご主人がイギリス人との事。政治、経済、文化比較論と話の幅が広く、我々もヨーロッパ各国を旅行し、ロンドンや香港にも何度も行ったことがあるのと、カミさんが聞き上手な事もあって話が尽きなかった。EU離脱、スコットランド独立問題、アイルランド統合の動きなど、国際政治に関心がある私が聴いても、深い背景説明と分析だった。イギリスは今年総選挙があるが、労働党政権に変わるだろうとの意見だった。話はこれだけでなく、お互い次から次へと話が広がりあっという間の待ち時間だった。

(ベルサイユ宮殿)








ベルサイユ宮殿は半日観光コースとして紹介されているが、音声ガイドを聴きながら廻ったが、正直なところ驚きや感激はなかった。カミさんも同意見で1時間半で廻ってしまった。これはウィーン王宮のハプスプルク家の栄華を偲ばせるような展示品がなく、人物画の展示ばかりで、我々がルイ王朝の歴史を知らないことにも起因しているのだろう。また暑さのなか土曜日という事もあって大変な混み具合で、13時には電車とメトロでオペラ駅まで戻ってきた。
寝不足と歩き疲れで食欲もなくカフェで簡単にランチを済ませた。朝と同じく一つのサンドウィッチを二つに切ったものとオレンジジュースで28ユーロだった。

(マドレーヌ教会)

(聖マグダラのマリアの歓喜)





(キリストの洗礼)

(パッサージュ)


ランチの後はギリシャのパンテオンのようなマドレーヌ教会に廻る。ここは礼拝堂に聖マドレーヌ(マグドラのマリア)の像と天井画があり、パイプオルガンの音が流れ荘厳な感じで、ベンチに座り暫く眺めていた。2人共通してベルサイユ宮殿より良かったね!と。
この後はカミさんのお土産探しや、ガラス天井の商店街のパッサージュを見て廻った。
この辺は日本食の店もあり、ラーメン店には人も沢山入っており、トラディショナルラーメンなる物は16ユーロとなっていた。
部屋食用としてサラダなどを買いホテルに戻ったのが5時過ぎ、カミさんのスマホ歩数計は28000歩になっていた。

明日はTGVでアヴィニヨンに移り4泊し、長年行きたかったプロヴァンス地方巡りをする。
それからパリに戻り2泊、失った一日分は
パリ観光定番のエッフェル塔、シャンゼリゼ通り、モンマルトルの丘をカットしてリスケジュールする。

そして今日のトピックはカミさんがスリに狙われた事だ。地下鉄のホームに向かってカミさんの後ろから少し離れて歩いていたら、カミさんの後ろにアフリカ系と東洋系の若い女性が付いていた。
ホームに着いた時に離れた車両に乗るように注意した。安の定カモに逃げられた2人は電車に乗らずホームに残った。スリに遭遇したのはローマ、シチリアなどで3回、実害があったのはリスボンの路面電車の中での被害額15000円で、いつもカミさんが狙われる。
今回はスマホと財布をバッグと鎖付けしている。YouTubeのパリ情報を見るとスリ対策の動画が数多くアップされている。
気を引き締めていかなければ。