ひとり暮らしを始めてからは、
定期・不定期に友人たちやいとこたちに連絡していました。
家族のいないひとり暮らしのわたしは、
いつか孤独死を迎えることは分かっています。
でもそのときは、
友人や親しいいとこたちに見つけてもらいたいと思っています。
ベットで白骨化した1人と2頭を、
警察に発見されるのはできれば避けたいんです。
とくにいとこのYちゃんが不審死で発見されたと聞いてからは、
知り合いに連絡を絶やさないように心がけるようになりました。
孤独死という言葉はあまり好きではありません。
ひとり暮らしの人の多くは、ひとりで旅立つのがほとんどで、
それがひとり暮らしの当たり前のことだと思います。
気になるのは、孤独死よりも孤独な人生。
孤独死と孤独な人生は繋がっています。
セルフネぐレスト、うつ病、経済的な生活苦など、
さまざまな要因が孤独な暮らしへ向かわせます。
わたしはどうしたらよいのでしょうか。
今のところ、食べ歩きや海外ドラマ・映画には、
たくさん興味があって、まだ心が外へ向かっています。
でも、去年からのコロナ禍で、大好きな海外旅行ができなくなり、
友人たちとの食べ歩きも諦めざるを得なくなりました。
2、3ヶ月は少し気分が落ち込みましたが、
友人たちとLINEや電話でおしゃべりは続けていました。
今はやっと、コロナ終息後の海外旅行を楽しみに待てるようになりました。
でも、その気持ちを維持できるのか・・・。
仕事を辞めて、グループ活動もしていないので、
社会との繋がり感は薄くなっています。
来週右目の白内障手術が終わり、目が少し落ち着いたら、
また仕事探しを始めたいと思います。
術後の視力確定には1、2ヶ月ぐらいかかると言われていますが、
仮のメガネを作る予定なので、しばらくは仮の視力でしのぐことにします。
好きなことに前向きな気持ちと、何人かの友人とジークとモナに支えられて、
孤独ではない暮らしを送りたいと思います。
早く海外旅行に出かけたいです。
pakuさんほど、お友達も多くないし、
兄弟ともそんなに仲良くありません。うーん。
でも、何かと「孤独死」とか揶揄されますが、
この核家族化社会では、一人暮らしの人が、ひとりで死ぬことになるの当たり前のことですよね。
何日も気づかれなかったら寂しい事ですが、
朽ちて土になるのも自然に戻るという意味では自然な事なのだ、なんて強がってみたりもします。
松たか子さんの「みんなひとり」という歌があります。この歌を聴くと心に感じて、いつも少し涙が出てしまうのです。
生まれるとき、死ぬとき、誰もがみんなひとりだけれど、せめて生きている間は、お互いを大事にぬくもりや優しさの中で生きていたい…そんな歌です。
ご兄弟がいらっしゃるんですね。
松たか子さんの「みんなひとり」聴きました。
小さいころから家族で一緒にいてもひとりを感じていましたが、
社会人になって同じ趣味の友人ができてからは、楽しさを共有できるうれしさを知りました。
ひとりでもひとりじゃない、ひとりでも大丈夫って思えるようになりました。
元気で体が動くうちは、自分のできる範囲で毎日を楽しみたいですね