すべては愛する宗像のため

福岡県宗像市在住、井上正文のブログです。

慶尚日報の取材

2006年04月27日 | ローカル・マニフェスト推進運動
26日、韓国の新聞社から取材を受けました。
韓国では来る5月31日に統一地方選挙が行われるそうです。
ローカル・マニフェストについて取材されているとのことで、慶尚日報の張(ジョン)記者とカメラマンの金(キム)さん、コーディネーターの上原氏(糸島青年会議所OB)の3名が宗像青年会議所事務局に来訪されました。

青年会議所からは、昨年の福津市公開討論会を切り盛りした戸波副理事長と私が応対、
ローカル・マニフェスト推進ネットワーク九州代表の神吉信之氏も多忙な中を駆けつけてくださいました。

韓国の選挙事情については、先日訪韓した際にもお聞きしておりましたが、投票率のアップと癒着構造を変革するため、選挙管理委員会・マスコミがキャンペーンを組んでいるそうです。

取材の後は海転寿司ひびきで会食しながら「地方分権」「オリンピック招致」「道州制」「経済的な格差」「教育問題」を議論しました。

「竹島問題」については、複雑で通訳に困られたようでした。
張記者は28歳、翌日は佐賀県の古川 康知事を取材されるそうです。

神宿る島「沖ノ島」

2006年04月27日 | 沖ノ島を世界遺産に!
25日、「沖ノ島」の清掃奉仕に行って参りました。宗像青年会議所からは松尾顧問・高田副理事長・戸波副理事長・中村好成室長・古賀室長・山下副委員長・小島雄大君・杉埜君が参加、福岡ブロック協議会アカデミー第1委員会の高橋良宗委員長(ひびきJC)も来られました。

沖ノ島(おきのしま)は、福岡県宗像市にある宗像大社の神領で、玄界灘の真っ只中に浮かぶ周囲4kmの孤島である。島全体が御神体とされ、今でも女人禁制である。宗像大社沖津宮があり、現在の住人は沖津宮の神職1人である。また、九州全土、特に宗像地方を中心に沖ノ島世界遺産化運動が行われている。
ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

8時半に鐘崎漁港から漁船で出航、結構揺れましたので船酔いでダウンされる方もいらっしゃいましたが、波しぶきを被りながらも2時間後、無事に「沖ノ島」に到着しました。
 
冷たい海の水で禊(みそぎ)を済ませ、いよいよ島の中腹にある「沖津宮」を目指します。
古来より沖ノ島は神職しか上陸が許されず、一般の参拝が許されるのは沖津宮現地大祭の日(5/27)に限られているのですが、この日は現地大祭に先立って参道と境内の清掃奉仕を行うため特別に上陸が許されたのでした。
沖ノ島の歴史背景はこちらをご覧ください。
参道には見たこともない植物が生えています。
 
これらの植物は国の天然記念物に指定されております。
また古くからの決まりにより一木一草といえども島から持ち帰ることはできません。
「島のことを他の人にしゃべってはならない」「島の木や草であっても持ち出してはならない」という決まりがあり、大島や宗像の人からは「不言島(おいわずさま)」と呼ばれていました。
境内で参拝し清掃奉仕の後、波止場で昼食を頂きました。
 
外で食べるご飯の美味しいこと。海の幸・山の幸を堪能しビールを飲んで昼寝、15時過ぎに「沖ノ島」を後にしました。
島からは一木一草たりとも持ち帰ることはできませんが、「神水」だけは許されるということで頂きました。

17時、国民宿舎ひびきでお風呂に入り、直会(なおらい)に参加。
清掃奉仕に一緒に参加した、ボストン出身のポール・リンドバーグ先生や早稲田大学大学院生の米澤君らと楽しく語らい、大社の神官(禰宜)で宗像JCメンバーの葦津アドバイザーや豊前JCの比嘉俊一君らも加わり、2次会も盛り上がりました。

ポール氏が「何故、沖ノ島を秘密(上陸禁止という意味)にするのですか?」と聞くので「神様は我々の身近に存在しますが、人間と対等ではないからです」と答えました。

ポール氏はこうも言われました「私(ポール氏)は沖ノ島と宗像の歴史に興味があるというより、沖ノ島と日本人の関係に惹かれます。私は人のことに一番興味があるからです」と。

なるほどと感心しました。

「沖ノ島」を地域振興という視点ではなく、日本・世界との関わりという観点で捉えなければならない。
そのためには故郷や自国の歴史・伝統を学ぶことが大切なのだと気づかされました。

韓国・昌原JC訪問(2)

2006年04月27日 | 国際交流
23日・訪韓2日目、この日は昌原JCとスポーツ交流をすることになっております。「何時スタートですか?」と昌原JCの担当委員長に尋ねると「10時の予定ですが、10時半くらいになると思います」とのこと。時間に関して韓国はおおらかなようです。
会場の昌原大学の体育館と競技場でバレー・風船割り・二人三脚・サッカー・400mリレー・フットサルなど計7種目を競技しました。
 
昼食は近くの公園でケータリングのランチ・バイキング。
 
昌原JCの歴代会長も来られ、いつの間にか宴会も始まりました。
歴代会長の皆さんは「竹島問題の最中にもかかわらず、よくぞ来てくれた!」と、たいへん喜ばれておりました。
昌原のメンバー・家族・先輩達とのスポーツを通じた交流で、互いの友情を深められたと思います。
 
夕食はソン会長の奥様手作りの参鶏湯(さんげたん)。これがまた最高に美味しかったです。
夕食の後は昌原JCメンバーのキムさん経営のスポーツバーで飲みました。
訪韓してからずっと昌原の皆さんにご馳走になってばかりだったので、「ここからはオフィシャルでなくフリーにしましょう」と提案し、2次会は焼肉を食べに行きました。
もちろん2次会も昌原メンバーと一緒でしたが、オフィシャルでない分、リラックスして宗像流の親交を深められたようです。

翌24日、ヘジャング(二日酔いに良いとされるスープ)を食べて、金海空港へ。
外務副会長の文(ブン)さんに送ってもらったのですが、文さんも日本語が上手で会話が弾みました。

昌原JCの皆さんは日本語がある程度話せます。
ソン会長や文副会長は日本語で普通に会話ができます。
私も次回までに韓国語を勉強しようと思いました。
同行してくれた通訳のヒョンさんはJCのことや日本文化についてもよく勉強されており、たいへん助かりました。

宗像と昌原の交流はこれで終わったわけではありません。
10月の昌原JCメンバー訪日、11月の世界会議ソウル大会、12月の昌原JC式典、そして来年1月の宗像JC新春祝賀会というようにずっと続いていくのです。

ソン会長と友情を深め、互いに学び合い、成長していくという理想的な関係が今回の公式訪問で築けました。
井浦委員長・西田副委員長・古賀室長と中村好成室長には心から感謝しております。
参加してくれたメンバーの皆さん、本当にお疲れさまでした。