mitakeつれづれなる抄

普段いろいろ見聞き感じ考え、そして出かけた先で気になることを書き綴ったブログです。

建主改従

2015年10月09日 | 鉄道
 MSNの記事からです。今のPC、IE(インターネットエクスプレス)を起動すると、MSNが出ます。つまりMSNがホームページなのですね。
 そのMSNの記事にこんなのがありました。

全国新幹線計画は「改軌論」の亡霊

 つまり昭和40年代の終わり(角栄さんの日本列島改造論か?)に出された全国新幹線計画は、かつて我が国にあった「改軌論」の名残なのか、に言及したコラムです。

 改軌論というのは、その名の通り、軌間を改める、即ち我が国の基本的な鉄道の軌間は1067mmですが、これではいわゆる「狭軌」。
 狭軌は、最高速度も輸送量も抑えられ、大量・高速輸送には不向きだということで、昔から国際標準軌間にしたい、という希望というか、計画がありました。

 大正時代に、全国の主要な鉄道が国有化された後に出てきたのが、改軌論。
 狭軌の不都合を取っ払い、国際標準のゲージ(ゲージとは軌間だけでなく、車両限界を含んだ規格)にして、国際直通列車や、そうでなくとも、国際的にそん色のない鉄道を目指そうというものです。

 しかし、折角敷設された鉄道を、1435mmの標準軌に改築すると、その期間は運転が出来なくなりますし、莫大な費用がかかります。
 全国的には、まだ鉄道敷設の要望があり、1067mmの狭軌でいくか、1435mmの標準軌に改築するか、の論議が出てきました。
 実際に、1435mm軌間の試験線ができたりしましたが、改築する費用は、新線建設に充てるべきだ、という論議が勝り、やがては標準軌に改築することにして、取り敢えずは狭軌で造ろう、というもの。

 これが「建主改従」と言われているもの。

 鉄道省内では、改軌論者に不満が募り、やがてこれが大陸で頑張ることになります。
 歴史的にはどうかと思いますが、南満州鉄道。
 これが当時の国鉄(鉄道省)の改軌論者が作り出した鉄道で、欧州連絡も前提とした大きなサイズの車両。

 それを本土で逆輸入の形で実現しようとしたのが、弾丸列車計画。
 弾丸列車は、東京から下関まで、1435mm軌間による高速新線の計画で、青写真に南満州鉄道によく似た車両があります。

 弾丸列車計画は、太平洋戦争の影響で中断、戦後中止となり、その計画を掘り出したようなものが、現在の新幹線。
 ちなみに弾丸列車計画も、新幹線計画とも呼ばれていました。

 そうして、昭和39年に東海道新幹線が開業しましたが、弾丸列車計画の焼き直しのようなもので、線路用地もトンネルも弾丸列車のものを使った箇所が多いです。なので、計画から5年という短期間で開業できました。

 全国新幹線計画は「改軌論」の亡霊というところ、系譜を考えると十分、納得できます。

*** 追記 ***
 狭軌で歩んだ日本の鉄道は、マイナスをプラスに換える発想で、技術改良が進み、お蔭で狭軌ながら、欧州の鉄道と遜色のないサイズの車両で運転できるようになり、結果、日本の鉄道技術は、世界最高水準となっています。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿