アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

重症アルツで亡くなった父の記録と現在100歳の母と高齢者みるきーの記録。

充実した休日

2009-01-29 02:45:59 | 日常生活
今日は、29日木曜です。

私の仕事はひと月に28日働くので
今日と明日はお休みです。

早朝より深夜まで色々な行事を繰り広げた1日になりました。

① 朝10時半  アルバイトの原稿を持参して五反田へ

② 昼 1時   母がショートステイを利用しはじめるのでその面接。
         以前、父ジェンギンスがその施設を利用しようとして
面接をした時のそのときの相談員さんでした。

         いろいろ母の様子を話して、そしたら、
         母が寝ているベッド周りを見たいというので
         困りました。
         だって、母の部屋は物置状態ですから・・
         でも、母が質問に答えるのを聞いてわたしは、
         ハッとしたことがあります

         母はベッドから下りる時や、起きあがる時
         どこかにつかまらないと立てないそうです。
         母のベッドには、手すりや柵がないので、
         襖や置きっぱなしの本棚につかまって
         頑張っているそうです。

         私たちは、イスから立ち上がる時も、
         寝ている時に起きあがる時も
         何かにつかまったりしませんが、
         年をとると、つかまるものが必要なんだ!

         ズボンを履く時に、片足をあげるのが大変で、
         体を壁に付けてズボンを履いていた父を思い出します。
         母も最近、体をどこかに支えてズボンを履いています。

         現在は、安いベッドで寝ている母ですが
         残り少ない毎日を、心地よいベッドにしてあげないとな

         介護度が上手い具合に上がったら、
         レンタルのベッドを検討しよう

③ 午後2時40分 オペラシティでトアル女性と待ち合わせて
          こんな時間からパブでジン一杯を飲んだ。
          おいし~
          こんな時間から飲む予定は無かったのに、
          バッタリ会ったところがパブの目の前だったから、
          2人とも吸い寄せられて入っていきました。

          そして、美容整形の話しばかりをして
          ジェンギンスの為に絵ロウソクをいただいた。
          きれ~~ 初めて見た、こんなに綺麗なロウソク
          
          前に美味しいケーキ屋さんの話をしたら、
          そのケーキ屋さんから美味しいタルトを
          買ってきてくれた。
          何という心遣い!感激です。
          その、心がけを学ばせて頂きました。 

④ 午後4時    夕飯の支度をして
          ニュージーランドの健康食品を調べて
          ニュージーランドは今1ドルが50円くらいで、
          買い物は激安。
          それから、アルバイトの原稿を2時間ばかり操作して

⑤ 午後6時    母の夕飯を出す

⑥ 午後8時    昨夜急に入った予定で、
          高円寺駅でトアル男女と待ち合せ。
          
          しかし、誰も来ない。
          中央線の人身事故の影響で
          遅れているらしいので待つ。
      
          メールしても返事がないし、
          私が時間を間違えたのだろうと、
          8時半まで待つ。

          次の電車が8時43分に到着すると
          放送が入ったので待つ。

          誰も来ない。

          15分くらい歩いて青梅街道にでて
          バスで帰ることにした。
          今日の夕飯はどうしたらいいんだ!
          と、考えながら歩いた。

          そしたら、9時前に、
          待ち合せのトアル男性から連絡アル。

          30日に待ち合せなのに、
          彼が私に29日だとメールしたらしい。
          私が、〈明日の29日に参上します〉と
          返事を打ったにもかわらず、そのまま・・・

          はかられた・・か?

          結局、もどって2人で飲んで食べた。
          豪勢なフライドチキンが美味しかった。
          ゴーヤチャンプルも久しぶりだ。

⑦ 午後11時   解散
          これで1日がうまいこと終わる予定だったが

⑧ 午後11時40分 夜の街をさまよっていたチョコパンと待ち合せて
           ラーメン食べた。 わたしは390円。
           チョコパンの半チャーハンセット餃子つきは
           900円位

⑨ 午前12時半   チョコパンはこの後の約束が面倒になって
           電話で断りわたしと帰宅。

⑩ 午前1時     洋なしのタルトを美味しくいただく。
           わたしは美味しい洋菓子が大好きです。
           美味しくないのは好きではありません。

これで休日の出逢いは終了。
充実した日となりました。
コメント (3)

介護見直し面談と薬のこと

2009-01-28 11:10:36 | 母の介護
母は、昨年まで介護1だったのに、どういう訳か要支援2になりました。
しかし、これについてはお役所の方でおかしいと判断してくれたようで
たった、3ヶ月でもう介護度見直しとなりました。

今日は見直しの面談です。
医者の診断書は、今回は大学病院に頼みました。
それが、いろいろあって、、、
40年以上にわたってかかりつけだった近所の医者の妻から
昨年 ドン!!と大量のカルテを叩き返され
かかりつけ医者を失い・・・
母の情報提供してくれる医師がいなくなっちゃったんです。

1年前に母が胃けいれんで救急病院に行ったことが原因なんだけど

『 母が胃けいれん発作なので、診察お願い出来ますか 』と
聞いてから、胃けいれんの母を歩かせて、かかりつけの病院に到着。

『 これが、大学病院から出た、泌尿器科の薬です
  (この先生に大きな病院を勧められた)
  これが、救急で胃けいれんを起こして、いただいた薬です』

正直に他の医者に行って薬の処方があったことを話したら
激怒です。
そっちの病院にかかったなら、そっちに行ってくれ!と
無視され、

胃けいれんで杖をついている母を連れて帰る惨めさ・・・
タクシーで救急病院に連れて行った1年前の出来事・・

ああ、あのころは、ジェンギンスの末期で
わたしは飛び回っていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~
本日は、
介護審査の面談があるので
今日はわたしも立ち会います。
いままで、立ち会ったことがありませんでした。

で、 母の薬を 書いてみます。


大学病院より   

 メネシット100
 バイアスピリン100
 アムロジビン
 ジェイゾロフト
 ファモスタジンD20

近所の医者より

 ガスモチン     胃の薬たち
 ムコスタ錠100
 オーネスSZ
 ペロリック10㎎
 
 クレストール2.5  脂肪のくすり

 ノイロトロピン 痛み止めかな
 エペル50  

このほかにも、消炎だとか風邪だとか
大量にあって、うんざりします。

まあ、適当に加減してますが。 


~~~~~~~~~~

午後2時より3時まで面接

今まで何度か面接に来て頂いている方らしい・・・

体も足も腰も調子の悪い母は
畳に座っていられず、
面談の途中でとうとう、カウチソファで横になってしまいました。

寝たまま面談です。
畳から立つ時も、痛い! 痛い!
と、思わず声が出てしまう母です。

認知が進行してきていることは紙にメモして渡しました。

口は達者なので、質問には良く答えていました。

計算も私より速いし!
わたしも、今日は何日だかわからなかったし・・・・

今日のお昼は何を食べたか?
それは、思い出せないようで、

「自分で買ってきてたじゃない。 このくらいの四角い・・」 
とヒントをあげたら思い出して来ました。

母は、私が用意してあるお昼のセットのことは忘れて
お昼が無いから買いに行ってしまったのです。
最近、この勝手に食事を買いに行くことも増えました。

昔から外食が多かった母は
食事は毎回出来たものを買いに行く習慣がアルのです。

台所で作ることをしないから
それはそれで安心です。
ガスの付け忘れなど、私が留守をすることが多いので
心配なことですが、母は大丈夫です。 たぶん・

==========

ジェンギンスの命日も、一周忌法要の日にちも
忘れずに母の脳みそにはインプットされていました。

ジェンギンスが入院していた病院の名前は思い出せず、
最初の2文字を言ったら、思い出して言えました。

年金をいくらもらっているのかは、知らないそうです。
きっとそうです、昔からお金の計算なんかしない人です。
お金の管理は娘に任せている、と言っていましたが
わたしは、一切母のお金には手を出していません。
ノータッチです。 しかし、
父のお金には手をだしました・・・
昨日も50万円ばかり、失敬しました。

必ず2倍に増やしてお返ししましょう・・・

~~~~~~~~~~~

介護度がいくつになっても構わないけれど
今日みたいに人前で横になってしまうなんて
そうとう、ダルイらしい。

コンナにだるくて、デイサービスに行かせたら
かわいそうな気がする。
でも、デイは楽しくてだるくないらしい。

まあ、わたしも土日は調子が悪いのに
出かける用事がある時は
朝から夜まで元気になります。

きょう、どこだか訳のわからない国から
メリーのインスリンが届きました。
薬を変えたから、死なないといいけど・・
恐いなぁ~
説明書がぜんぜん読めません。
どこの国のことばかも分かりません。

ハワイのGNCというビタミン店で
コンドロイチン・ビタミンC・ビタミンB12・などを注文します。

ニュージーランドには
ジェンギンスが長いこと飲み続けた
高濃度イチョウ葉エキスを注文します。

コンドロイチンもイチョウ葉エキスも
私と母が飲みます。

コンドロイチンを飲んでいると、体の骨の調子がいいし
イチョウエキスは、脳みそが冴えてきて、血液がサラサラに
なると言うから、母も私も重要です!

母の認知は、ジェンギンスと同様に
向精神薬を用いずに
自分の信仰するイチョウエキスで今を維持してもらいたいと
思います。

早く!注文しなきゃ!!

日本で買うよりずっと高品質でずっとやすい品物ですから
ほしいと思う方は一緒に注文しますよ!

さて、明日も母の面談です。

明日は、ショートステイ利用の面談です。




コメント (2)

1/27腰痛だって

2009-01-27 01:58:35 | 母の介護
毎日がどんどん過ぎていくので、もう1月27日です。
1月2月は寒くて、私はやる気無しです。
メリーの散歩もしてません。

一年に10万円もインスリン代金がかかるので
それだけで私はもう、精一杯メリーには尽くしていますよ。
犬嫌いのわたしが、どうしてここまで
1日3回の注射をしなきゃならないのかと
結構怒りモードです。
おまけに、注射を嫌がって注射針をねじ曲げるメリーですから
どんなに私が腹をたてているか
想像出来ますでしょうか

==================

母は、先週の土曜日にデイサービスから帰ってきて
腰が痛いと言います。

いつもは寒がりの母にデイでは膝掛けをかけてくれるそうですが
この日は膝掛けをくれなかったので
そのままにしていたら、
腰が痛い・・・と言うのです。

どうしたんでしょうか・・・
解りません。

わたしも雪かきをしたり
掃き掃除をすると腰が痛くなりますが
何をしたんでしょうか?
内臓から来てるんだと困った話しです。

どのくらい痛いのかは、解りません。
我慢強いから黙ってるし。
ずーーーーっと寝てるし。

今日の火曜日は、腰痛のためデイサービスは休みました。

昨日は一人で内科へ行って
腰のレントゲンとか骨密度とか
調べてもらったらしいです。
冷えた とか言われて納得して帰宅しました。

今日も母はその病院へ行きました。
母は昨夜具合が悪くて寝ていないそうです。
点滴してもらって、気が済んだようです。

どこが悪いのか解りません。
食意欲がない。。とか言い出しました。

ずいぶん食べているけどなぁ・・

母を見ていると気の毒です。

一人で解決して。。。
かわいそう・・・・

腰は痛い
目は痛い
上手く歩けない
だるい
やる気なし

化粧もしなくなって
髪の毛も伸びてきて

アア、本当にかわいそう。

短い命だから
何があってもいいんだ。

買い物をいっぱいしてくるほど
自分で歩けるならば
最高に、良い時期だと思います。


これで、車椅子になったり
トイレ介助が必要になったら
わたし、できるでしょうか

母が歩けなくなったら
どうしたらいいんでしょう・・

オムツ替えが始まるころは
もう、おとなしくなっちゃッてんでしょうね。。。


イヤイヤ 違う!!

ジェンギンスのオムツ替えのころ
最高に力強いおかげで
わたしは、ベッドから突き落とされましたし
蹴られたりなんだりで

あのころは、賑やかな家庭でしたなぁ~~
コメント

食事対策

2009-01-23 10:01:12 | 母の介護
このブログの、最初の文章はジェンギンスが生きている時のものだったから
面倒でしたが、文章を変える決心をしました。
そしたら、ブログのデザインを変えるページになったので
ちょと変えてみました。
色とか自由に好きな色に変えられますが
試しているうちに何時間もたったので
結局規定の設定の色のままです。

字の大きさは、見ている人のパソコンの設定によって
様々に見えるんでしょうね・・
私の設定では、でかすぎるのかしら・・・
行間をもっと縮めたいけどその設定は無い。

~~~~~~~~~~~~~~~

とにかく母がおかずを電子レンジに入れて暖めても
取り出して食べてくれないから
私は考えました。

午後3時に御飯を炊きました。
そして、3つの区切りのあるお皿に
御飯とおかず2種類を乗せました。

すべて一皿ですからこの一皿がなかったら
食べるものがありません。
これで、暖め忘れは無くなります。

いままで、御飯は別だったので
区切りのあるお皿に3種類のおかずを用意
していましたが、
これからは2種類のおかずを用意するだけで良いのです
苦労が減りました。


わたしは、母のお盆の上に
箸も醤油も用意し、母の分の漬物と佃煮を
小皿にのせて置いてあります。

でも、母は冷蔵庫からたくさんの
漬物や佃煮をだしてテーブルに並べます。
もう、それが習慣なのです。
暖房ガンガンの部屋に置きっぱなしで
すぐ臭くなるし、むせて咳もするし
出して欲しくないんだけど
治らない。

冷蔵庫の上の方は母も届かないので
触って欲しくない物は
上の方に置いたり
袋に包んでしまってあります。

母にしてみれば、冷蔵庫の中になにが入っているのか
知らないから、そりゃ、お皿を覗いて見るのは
当然だよなと思う。
わたしだって、嫁が管理している冷蔵庫から
漬物をだそうとしたら
ドレが何なのかわからないもんな・・・

母の置かれている立場を
理解してあげようと思います。

自分が老人になったとき
「 それ、何回も言ってる 」とか「 もう、ぼけちゃって 」とか
「 何回言えばわかるの 」とか「 だから、なんども言ってるでしょ」
とか、言われたくないから
今日から言わないようにしようっと。

================

何を何回買ってきて重複していても
絶対、
「 また、買ってきたの? たくさんあるよ、捨ててるんだから」
と、いやみの混じったこのことばを言うのは

止めます。 ここで宣言しないと言っちゃいますから。
コメント (3)

おかず食べ忘れ

2009-01-19 10:24:42 | 母の介護
もう母にうるさく言わないと心に誓った昨日ではありますが、
さっそく、わたしは言いました。

だって、必死で仕事前に用意する夕食のおかずが
電子レンジに入れっぱなしなのです。
暖めようとレンジにいれてスイッチを押すまでは
するのですが、取り出すことを忘れています。

たった一皿しかないおかずなので
おかずが無いことに気付かないんだろうか?

冷蔵庫からたくさんの漬物や佃煮を出してある・・

これで連続4日くらいかな、
毎回おかずがレンジに入れたまま。

「これじゃ、夕食の支度のヘルパーを頼むことになるからね」
と母に向かって私はぶつぶつ言いました。
母は、だまって聞いています。
そして、マクドウウェルに目で助けを求めます。

マクドは
「 ここのところ、毎回私が帰宅すると
  電子レンジのなかのおかずのことで
  叫んでる声が聞こえますよ。
  きつい嫁ですね~~ねぇ~ 」
と、母の味方です。

母はこれで安心しています。

私とマクドが時々母の顔色をみるために
顔をみつめていると

「 なんで、あたしを顔を見るのよ
  おかずを食べてないから、このひと怒ってんでしょ」

おかずは忘れるけれど
怒られていることは忘れないんだ。
でも、またあしたもおかずを忘れるんだ。

うちは、メモ用紙の紙を
ひとからわざわざ頂くほど
メモを書きます。

おかずを忘れないように
あたらしいポスターを作成しないと。

しかし、 
【 メリーには、もう餌をあげました 】
というポスターは、役に立っていません。



けさ、チョコパンが6時45分に朝帰りしたとき
ちょうど、母が玄関を開けてメリーに餌をあげていました。
わたしは、母が一体いつ朝ご飯を上げるのか知りませんでしたが
今日は現場を目撃できました。
母は、トイレに起きたついでに餌をあげるのです。
欲しがってもいないのにあげるのです。

そして、朝8時、
メリーの餌箱にドッグフードをいれる音がするので
「メリーは餌を食べたよ
 けさ、チョコパンが帰ってきた時
 えさ、あげてたじゃない 」

と言ったら、すぐやめてどこかへ立ち去りました。
記憶にあったのかないのか知りませんが
こうやって、なんども餌をあげているのです。

まあ、母はコンナ状態だけど
ジェンギンスの一生を見ていた私たちにとって
母はまだ認知症ではありません。

認知症発症とは、
それは、恐ろしいもので
怪奇現象がみられるのです。

年並みの物忘れや
呆けであるのに
認知症だなどと言ったら
かわいそうな事です。


呆けて人生を終わる幸せってアリです。

日曜に仲間とそんな話しをしました。
わたしの仲良しの仲間のお母さんが
交通事故で亡くなった話を聞き、
ショックでした。
いつか、介護しないとね・・・なんて以前話していたのに
介護するときを得られず
交通事故でなくなるというむなしい結果は
どんなに深い悲しみであろうかと
私まで泣きそうになりました。

じょじょに家族にお別れをしていったジェンギンスですが
十分なお別れの時間を残してくれました。
最後は、苦しみを与えず、幸せなきもちで死んでくれたら
最高だ。


タン吸引の苦しみはかわいそうだった。
タンがたまって苦しくもないのに
無理やり喉に管をさしこまれて、汗をかいていた。

母が死ぬ時は
タン吸引をしません。

わたしが死ぬ時も痰吸引はしないで下さい。
遺言です。

痰がたまって呼吸が苦しいなら
それは、命の終わりです
多少の日数を生き延びるより
苦しくない方をわたしは優先します

痰を吸引してください!と訴える家族が
いましたが、
それは、その方が良いと思うんだから
ぜひ、吸引するべきです。

わたしは家族の痰吸引は反対します。


コメント (10)

アルツ・ジェンギンス夫婦の記録

16年間アルツハイマーと戦った父ジェンギンスは2008年2月14日に亡くなりました。壮絶介護→施設入所→胆管癌による死。大切な父の最期の介護記録をここ残しました。 そして、夫を亡くした母は初期認知が進行中です。 年寄りと暮らす苦労を記録中。