昨夜の夕食は、なんと「山形牛」のすき焼きでありました。こんなすごい和牛のお肉を食べるのは滅多にありません。それと言うのも、先日クール宅急便でいただいたものなのです。送り主は書道教室の仲間のMさん、頂戴した理由は、ワタシが彼女に彫って差し上げた「姓名印・雅号印」それに仮名書き作品の落款用の小さな印3本のお礼でありました。
思いがけぬ高級牛に舌鼓を打ちながら家内は、これから篆刻印のお礼は「好き焼肉」限定にして、と言ったものです。ワタシは、本格的にはわずか数年篆刻に取り組んでいるアマチュアで、まだまだ未熟な技量ですから、お金を貰って(作印料)彫るほど厚かましくはありません。しかしながら、一日二日かけて彫った印をきれいに磨いて箱に入れて差し上げるまでそれなりの経費と時間・労力がかかっているのであります。
仮にワタシの技術料がタダとしても、印材としてワタシの手元に届くまで、どれほどの「時空を超えた」因縁があったかを考えると決して安いものではありません。何億年もかかって出来た石は、勿論無料・大地からの贈り物としても、山に入って崖や坑道から切り出したり掘り出したりします。特に希少な石は土中深く埋まっていて宝探しのごとく家族総出で探してやっと何週間に一個見つかるか、といった手間がかかっています。
採石した後は成形し削り・磨きをかけて印材として輸送されます。駄石でも持ち手の飾り彫り「紐」があれば例えば10元が20元で売れますから、中国の産地近くで流れ作業で、雑な機械彫りをすることも多いのです。
それが、芙蓉石などの佳材・優石の類は、石の美しさを出すため、付加価値を高めるために、専門の職人が丁寧な細工で、「紐」と呼ばれるや自然石の形そのままを生かした「薄意」という精巧で薄い浮彫を施してきたのです。
そして、市場や専門店街などに運ばれ、関与したそれぞれの人がすこしずつ利益を乗せて販売されます。一部は空輸され日本を含めて輸出されてきたのですから、相当なコストがかかっているので、美しく磨かれた手の込んだ石を、数百円で手に入れたい、などと言うのはワガママであります。
前置きはこれまでにして、ワタシの印材コレクションの中から選りすぐりの印材を紹介します。本日はその中でも、良材を用いて優れた「紐」がある美石、高級和牛並みの価値がある石であります。このブログで既に紹介しているのもあるのでご容赦願います。
まず寿山系「紅高山(瑪瑙紅)」と呼ばれる非常に珍しい秀麗な石。中蓋付きの美しい印箱に収められていて、相当な値段で購入したのだろうと思います。
次は寿山系の巧色の美材(「杜陵坑」と見ます)の石層の違いを生かして、カエルや昆虫の細工を施した5㎝角の大型の石材で、実際に印の彫があり側款も入っているので、中国の商人・金持ちが相当なお金を出して彫らせたものかもしれません。愛玩する一種のインテリア・工芸品と見ていいのでしょうが、美術品としての価値は分かりません
下の2枚の写真も同じく寿山の石で、「美人紅」「桃花紅」「瓜瓤紅(かじょうこう)」などと言われる艶やかで肌理の細かい美材です。いずれも頭頂部の色違いの部分に龍虎の紐があり、卓越した職人技を感じます。
こちらは大型の石材を使った豪快な作風の紐で、左には3頭の親子の獅子が戯れているように見えます。右は青田石系で、鹿獣に乗った女性の姿が優美です。
こんな石が山ほどあるのです(笑)。それぞれが一体いくらの価値があるのかは全く分かりません。1個数百円から数万円であろうと思います。この先、自分が「終活」・断捨離を思い立ってヤフオクに出すのか、出張買取で引き取ってもらうかもしれませんし、子供や孫が欲しがるかも。
今のところは、印面が彫られていて作者名が落款で残っているもの以外は、出来るだけ実際に彫って、人に差し上げようと思っております。
最後は、ワタシが最も気に入っている梅の紐が入った古印であります。一度は印面を彫ったあと、すり潰したように見えます。古い青田石か、あるいは寿山老嶺という旧坑から出る「老嶺青」かもしれません。印箱も無し、側款もない一見すると変哲もない石で、一筋の赤い条紋が走る微透明灰青色の3㎝角であります。とうてい富裕層や書道の大家などは見向きもしなかったでしょう。石質だけなら、一級品とは見えませんが、気負いが無い素朴な紐彫は、この作者や印を持っていた人たちの矜持や意気を想像してしまいます。
なんとも穏やかで愛おしいものに感じられるのであります。