古今亭志ん生さんなどが得意にしていた噺に、「強情灸」というものがありますな。負けず嫌いで威勢がいい男が、お灸が熱いという仲間に向かって、強情を張り山ほどのもぐさを腕に載せて火をつける。「こんなものは屁でもねぇ」、石川五右衛門は、煮えたぎった油の中で辞世の句を詠んだなどとやせ我慢するが最後には、あまりの熱さに真っ赤な顔になり、石川五右衛門はどうした?の問いに「石川五右衛門も熱かっただろ」と言うオチがつきます。
関西以西では「やいと」と呼びますね。さすがに最近ではこれを使う人は減っているようです。ワタシも子供の頃、手や足に、ニンニクのスライスの上にお灸をつけられたことがありました。叱られたのではなく、何処かが痛かったのだろうと思いますが。
さて、そのもぐさ、艾と書きますが、書道篆刻の世界ではこれはちょっと必要なアイテムなのです。先に書いた印材で幻の石「艾葉緑」というものがあることを紹介しました。翡翠やエメラルドのように深い味わいのある緑色の石ですが、希少であまりに数が少なく、新たに採掘されないので、ほとんど誰も「本物」を見たことが無いのです。書道専門誌でも鑑定が難しく似通った「広東緑」に分類すると記載されていました。そうなると欲しくなるのが人情、古来からこれを求め探した篆刻家さんも多いと聞きました。もし手に入れることが出来たなら「びっくりして座り小便して バカになってもしらねぇよ」としたもんでしょう。
それはそうとして、落款に押すための朱は「印泥」を用います。印泥の原料として配合されるのが「辰砂=硫化第二水銀 」で、これに油(熟成させたひまし油)と植物繊維(もぐさや松脂など)を加えて作るのですがその配合は秘中の秘であります。以前書きましたが印泥は、一旦紙に押されたら色も変わらず褪せもせずというのが重要です。だからといって印泥がいつも同じ状態であるとは限りません。日光に当てたり、蓋をあけっぱなしにしていると、油分がとび水分が失われてかぴかぴになります。通常は陶製の印合に入れてラップを被せ冷暗所に保管するのです。それでも、周期的に取り出して中の印泥を混ぜメンテナンスする必要があります。
従って、乾燥して硬くなっていたら「ひまし油」を1,2滴垂らして骨へらで混ぜます。柔らかくなり過ぎないように何回かに分けてこれを行います。問題は柔らかすぎのものでベタベタしているものです。ヤフオクなどで入手したものの幾つかにこうした印泥が含まれ、そのままでは、混ぜたヘラに大量にくっつく、団子に盛り上げようとしてもけば立します。無理に押そうとすると印面のへこんだところに詰まりムラが出来て、押印したら真っ赤な滲みとなると大事な作品が台無しになります。
これを固く締めるために、もともと原料として用いられる「もぐさ」を足すのです。中国で印泥用のもぐさがあるか否かは分かりませんが、もともと何が入っているかはわからない印泥ですから、似たような植物繊維を投入するしかありません。以前篆刻用品のお店で「油分吸収繊維」なるものを購入しましたが、綿に似た光沢のある細い繊維の塊でした。これでは油分だけ吸うのではなく、印泥の朱の成分まで一緒に持っていかれると、どんどん減るのでは、という疑問がありました。だったら、艾を足して嵩増しした方が合理的ですね。
この艾がなかなか売ってませんでした。おそらくお灸自体の需要が無いのでしょう。近所のドラッグストアを3軒回って、やっとみつけたのが釜屋切り艾でしたが、せいぜい5~10gの容量のものが1500円とお高いのです。しかも火をつけるように紙で覆われていて、余計な手間がかかります。これではコスパが悪いとヤフオクで探したら、「お灸用もぐさ」、30g送料込みで1200円でした。質の良し悪しやお灸用かどうかを何で判断するかは知りませんが、艾はもぐさです。お灸以外になんの用途がありましょうか。わずかな量を足すだけなので、はっきりと色合いが変わるとも思えません。これだけあれば印泥だけでは使いきれないので、だんごに丸めて自分でお灸をすえましょう(笑)
今日は篆刻と書道の練習の合間を見つけて、べたべた印泥の再生を図ろうというわけでございます。
相変わらずなんの為にもならない拙文ついでに、拙作を載せておきます。
昨日から新たに取り組むことにした「徐三庚」の摸刻であります。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます