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風そよぐ部屋

ウォーキングと映画の無味感想ノート

第100回ピースボート船旅㉑/ウユニ塩湖とラパス&サンティアゴ7日間・3、ウユニ塩湖

2019年05月08日 | 第100回ピースボート南半球クルーズ


ウユニ塩湖
2月23日 土 一般的に「ウユニ塩湖」と言われていますが、湖ではありません。正確に言うと「ウユニ塩原」です。かつてここは海でした。アンデス山脈が隆起した際、周囲が山に囲まれ、広大な盆地に大量の海水が残され、その水が蒸発し、塩の平原=塩原が残されました。標高約3700mに南北約100km、東西約250km、面積約12,000km²、四国の半分ほどの広さの塩の固まりです。この塩原にそそぐ川はありません。雨季、雨が降った時のみ、水が表面にたまります。私たちが訪れたときは、前日まで激しい雨が降って、5cmほど水が溜まっていました。晴れて、風がない時のみ鏡のようになります。こんな感じでしょうか。

グーグルで見ると、


 
さて、ホテル・スマ・リッチャリの様子。
 
ホテルの前は、
 
すべてここの塩原で取れた塩で作られています。入り口の飾り
 
食堂                       酸素ボンベが置かれています。
 
夏と言うのに、ストーブやヒーターです。
 
ベッドも塩のブロックの上にビニールとマットです。
 
 
朝食
 
出発まで少し時間があったので、ホテルの周辺を散策しました。こんな感じ。 別の会社の作業所

屋根はトタンです、塩だと重いからです。その上に草が乗せられています。 朽ちかけた倉庫も塩でできています。
 
9:30四駆車に分乗して出発です。車は、トヨタの普通車、10年以上持ちますが、毎日丁寧な清掃が欠かせないそうです。
  
 
 



ドライバーたちが、テントを立て、テーブルを作り、ピクニックランチの準備です。冒頭地図の塩のホテル近くです。
 
 
 
  
塩のホテル
 
内部の様子
 
塩のホテルのトイレ(2ペソ)             塩原に設置された我々のトイレ
 
近年、パリ・ダカールラリーはアフリカの治安が良くないというので南米で行われるようになりました。2016年は、ウユニ塩湖がスタートとなりました。自然が壊されるとの批判もあったようです。
スタートのモニュメント
 



昼を過ぎると、日暮れがすぐ訪れ、風も出て寒くなります。
 
夕焼けを見に行きました。高地にも慣れてきたので、ワインがふるまわれました。
 




ホテルにもどり夕食。
2月24日 日  早朝、朝日を見るオプションがありましたが、私は参加せず、のんびりしました。参加者によると、日の出は見ることが出来なかったそうです。9:40ホテルを出発し、機関車の墓場へ  ウユニ一帯はかつて、銀などの鉱山資源の採掘場でした。19世紀後半、イギリスは太平洋までの鉄道網を敷きました。1940年代に資源が枯渇すると採掘場、鉄道も廃棄され、100両以上の列車はそのままウユニに放置されました。現在、ウユニ周辺は、豊富なリチウムが存在し、中国資本が採掘権や敷地を手にしているそうです。
 
 
かつてここが海の底だった証拠に、サンゴの死骸です。
 
ミネラル豊富な塩の精製工場
 
 
 
サンゴの死骸と日干し煉瓦           この土産物店で家族への土産、ポシェットと塩を買いました。
 
その後、昨日と同様ウユニ塩湖へ、塩原の表面に水が溜まっていなかったり風が強かったりすると、湖面が鏡の様にならないので、二日間の観光日程を設定するそうです。この日は写真を撮りませんでした。
日本人観光客が交通事故で死んだ慰霊碑です。     昨日同様、ピクニックランチです。
 
ホテルに戻りました。 雷雨の後、夕焼けでした。    真夜中のウユニ空港
 
ホテルで夕食を食べ、21:00四駆車でウユニ空港へ、チャーター便で23:50~00:10ラパス空港着(2月25日)です。01:00、ラパス、カサ・グランデ・スイーツホテルテェックイン。05:15サンチャゴに向けてホテル出発し、ラパス空港への強行スケジュールです。  サンチャゴは項を改めます。  【終わり】

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