風そよぐ部屋

ウォーキングと映画の無味感想ノート

東結城~結城を歩く

2014年02月26日 | ウォーキング

2月24日、結城市を歩きました。
浦和駅9:21、東北本線→小山(10:36)JR水戸線友部行き→東結城駅着(10:49)

家を出る時は、薄曇りで雨が降るかも?みたいで、気温も低かったのですが出かけました。
東結城駅は、駅舎も無く、スイカのタッチパネルがあるだけで、朝と深夜の一部列車は、普通列車も通過するそうです。
写真を撮り忘れたので引用です。

万蔵院
 
乗国寺・曹洞宗
六角堂                                                        
 
山門(楼門)
  
鐘楼                                  本堂
 
 
六角堂                                観音堂                                烏枢澁摩明王(トイレ)
   
愛宕神社                               華蔵寺・臨済宗
   
華蔵寺本堂                             石幢(せきどう)(左)、板碑(右)
  
大勝寺
  
松月院                                羽黒熊野神社
 
大日堂 [取り壊され、ありませんでした。]              結城城跡 
   
聰敏神社                               紬の里 [民間の会社です。]
 
紬の里工房
 
安穏院・曹洞宗
 
11面観音                                                       秋葉龍神神社
   
妙国寺・日蓮宗
 
妙国寺鬼子母神堂
  
愛宕神社
 
光福寺・真言宗                                                大師堂
  
金福寺・時宗
 
弘経寺・浄土宗、裏門                                                            不動堂
  
山門(三門)                              輪転経蔵                    輪転経蔵内部
  
鐘楼                                                       本堂
   
本堂内
   
開山堂
 
弘経寺の伽藍の様子                        表門
 
結城酒造
 
住吉神社                                           結城紬染織資料館・手緒里
  
結城紬染織資料館の中                       結城紬染織資料館内の古民家
 
不動堂                                 大日堂
 
大輪寺・真言宗                           大輪寺地蔵堂  
  
大輪寺仁王門
    
蛭子神社                                         浅間神社
  
毘沙門堂                                道路の真ん中に地蔵堂
  
孝顕寺・曹洞宗 三門
  
座禅堂
  
孝顕寺本堂
 
稱名寺・浄土真宗 [本堂が開放されていて、うれしかったです。]
   
  
  
結城朝光の墓         通りの地蔵堂                   常光寺・時宗 
  
常光寺境内                                                
   
通りの観音堂                健田須賀神社
  
釈迦堂・真義真言宗
 
  
                                     駅に近いのに通りは人が通っていません。
 
薬師堂と地蔵堂(通りの真ん中です)
  
阿弥陀寺・時宗                                                  阿弥陀寺入口の地蔵堂
   
通りの地蔵堂
  
覚照寺
 
雪光稲荷神社                             結城図書館、失礼ですが場違いほど立派です。(駅の真ん前です。)
 
結城駅
   
結城市の人口は、5万人を越えていますが、私が通った道は、平日の日中で人影は少なかったです。
田んぼ、畑も多く、道路は曲がりくねっています。太平洋戦争中空襲が無かったのでしょうか。
鎌倉時代以降、結城城があったそうですが、今は公園が残るだけです。
結城紬は有名で奈良時代から、麻や木綿の産地だったそうです。
通りの各所に、地蔵を祀った地蔵堂が建てられて、寺の多くに観音像や庚申塔などが保存され古い町であることがわかります。
地蔵堂などが交差点の中にあるのには驚かされました。
JR水戸線は、朝夕を除いて1時間に1本です。自家用車が無いと移動は大変だろうなと思います。
駅からかなり離れたところにも、現代的な住宅がたくさん建っています。私には不便だなと感じました。
乗国寺、安穏寺、弘経寺、稱名寺など大きなお寺もありました。時宗のお寺が3つもあったのは珍しいです。
釈迦堂あたりで、結城駅発15:45の電車に間に合いそうで、急ぎ足になりました。
歩き始めは少し寒かったですが、すぐ暖かくなりました。楽しいウォーキングでした。
  【終わり】

佐野市を歩きました。佐野厄除大師他

2014年02月21日 | ウォーキング

2月20日、栃木県佐野市駅から堀米駅まで歩きました。
佐野市には、関東三大大師の一つである佐野厄除大師があります。正式な名称は、天台宗の惣宗寺です。
さいたま新都心9:44の宇都宮線に乗って、久喜駅で東武伊勢崎線に乗り換え、
館林駅で東武佐野線(葛生行き)に乗り換え、佐野市駅に着いたのは11:17でした。
東武伊勢崎線の電車で、「佐野市駅はJR両毛線の佐野駅とは違います。」のアナウンスは親切でした。
佐野市駅は小さい駅でした。

普門院・天台宗(賽銭箱が縁下にありました。)
 
東光寺・臨済宗
 
東光寺の前に小高い丘があります。大きな忠魂碑がありました。そこからの東光寺です。
こんなに大きいとは想像していませんでした。伽藍が一直線に並んでします。
 
   
この建物は、とても古く立派ですが、何の建物かわかりません。
 
 
 
東光寺の塔頭の一つ、法雲寺
 
 
喫茶店になっています。
  
  
東光寺中門
  
東光寺本堂
  
   

慈眼寺・真言宗
  
大聖院・真言宗
    
弟之神社、珍しい名前の神社です。
 
宝龍寺・浄土宗
  
阿弥陀如来座像(銅造)、関東大震災で首部分にひびが入り傾いたそうです。1694年作、約4メートルです。
   
本堂
  
鹿島神社                          
  
巌浄寺・時宗
 

佐野厄除大師=惣宗寺・天台宗
総門                                  金銅(きんづくり)大梵鐘
 
田中正造墓                                石川啄木作、田中正造の歌
  
銅鐘(=蒲牢)
  
パゴダ供養塔                              馬頭観音            位牌堂
  
本堂

水子地蔵                                                 縁結び             菊慈童
    
東照宮社
  
                                               出口の門
  

涅槃寺・時宗                             一遍上人像         日限地蔵尊堂                         
  
  
佐野市郷土博物館(入場無料)                   田中正造像         常設展示場・田中正造
  
田中正造の明治天皇直訴状
  
佐野市を支配していた戦国武将の佐野氏
  
妙音寺・日蓮宗                                             熊野神社
  
勤王の志士出流天狗殉難碑                    興福寺・曹洞宗
 
興福寺本堂
  
  
星宮神社(銅製鳥居、1735年)                                                       佐野東石美術館
  
三日月神社                              街の様子(人通りは本当に少ないです。)
   
                                                          果物屋
  
人間国宝・田村耕一陶芸館(無料)
  
以下三点引用
  
徳雲寺・曹洞宗
 
ご住職鳥がお好きなようで本堂内にもたくさんの小鳥が。     この碑は、通りにありました。       リサイクルショップの商品です。(1万円の値札が。)
    
大雲寺・浄土宗
  
法然上人像
  
浄泉寺・浄土真宗                          西宮神社
 
日向寺観音堂                            薬師堂
  
観音堂賽銭箱
  
日枝神社                観音山公園から佐野市を
  
千手観音寺                             妙顕寺・日蓮宗(銅葺き屋根がキラキラきれいです。)
 
妙顕寺本堂内
  
妙顕寺鬼子母尊堂
 
一向寺・浄土宗
   
眞行寺・曹洞宗
  
   
八幡宮
  
天應寺・曹洞宗
   
   
   
このお寺には、井伊直弼の墓があるとのことですが、夕暮れが迫り、ゆっくり探す時間がありませんでした。
東武佐野線は、日中は1時間に1本、朝夕は2本しかありません。ここから堀米駅まで歩くのですが、道がよくわかりません。
時刻は16時15分頃でしたでしょうか。17時には駅に着きたいと大急ぎで汗だくでした。
埼玉県道9号線は、バイパスみたいで横断歩道・信号がありません。
迷い迷いしながら行くとやっと堀部駅への案内表示が目に入りました。
16時45分頃堀米駅に着きました。電車は16:55でした。
 
堀部駅は無人駅でした。ホームで、汗を拭き、それまで脱いでいたワイシャツとカーデガンを着ました。
体は熱いのですが、手はかじかんで、なかなかボタンを止められませんでした。
館林、久喜、さいたま新都心で乗り換え、家には19時頃着きました。
すぐ、スポーツジムに行き、ストレッチをたっぷり1時間し、お風呂に入り、のんびり夕ご飯をいただきました。
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佐野厄除大師は行ってみたいと思っていましたが、小さいお寺でした。名刹という感じはしませんでした。
田中正造さんが佐野市生まれとは知りませんでした。
佐野市郷土博物館に、田中正造常設館があるとのことで行きました。
地図には大きく載っているのですが、川があって、入口がわからず、だいぶ遠回りでした。
館林市の渡良瀬駅近くに、田中正造記念館があり、以前訪れたことがあります。
その時のブログは田中正造記念館 をクリックするとあります。
佐野市には、田中正造の生家もあるそうですが、遠いので今回は行けませんでした。
東光寺は、私は知りませんでしたが、大伽藍で見応えがありました。
平安時代末期から江戸時代初期にかけて下野国を中心に佐野氏一族がこの地を支配したそうですが、
そのことはあまりよく知られていません。
街を歩いて見て、寺が多いことでそのことをうかがい知ることができますが、城はあったのでしょうか。
足利市を初めこの一帯は、広大な水田地帯です。
足利一族、下野の佐野一族など武士が群雄割拠できる豊かな土地だったのだと思います。
足尾銅山の公害さえなかったらと思わずにはいられません。
当初計画したより、遙かに広く、時間がかかり、途中いくつか割愛せざるを得ませんでした。
気温は低かったですが、歩き出すとすぐ暖かくなり、次々脱いで、Tシャツの上に、コートでした。
梅の花が咲き始めていました。
後半は、かなり時間に追われ急ぎ足で余裕がありませんでしたが、十分ウォーキングを楽しむことができました。
東光寺(臨済宗)は、お薦めです。                            【終わり】


 
 


取手市を歩く

2014年02月12日 | ウォーキング
2月10日、取手市を歩きました。



昨日は、何十年ぶりかの大雪で、まだ雪が残っていましたが、歩きたく出かけました。
雪の中のお寺も良い物だと出かけましたが、やはり雪が残っていて、境内を自由には歩けませんでした。



目覚ましを間違えて1時間早くセットしてしまい、ゆっくり朝食を食べて、家を9時頃出ました。
南浦和(武蔵野線)、新松戸(常磐線)、我孫子(常磐線各駅)と乗り換えて、取手には10時10分頃着きました。
取手駅
 
昌松寺・真言宗
 
  
 
普門院・真言宗
 
  
道にはまだ雪がかなり残っていて、多くの人が雪かきをしていました。
取手駅に戻り、バスで小文間小学校前まで行きました。バスはチェーンを付けていて、ガタガタ音を立てて走りました。
バスは、右側に利根川の堤防を見て走り、このままゆくと東京芸術大学取手校があるようです。
大利根交通のこのバスは、整理券方式ではなく、一律270円の不思議でした。スイカは使えませんでした。
福永寺・真言宗
 
 
明星院・真言宗
 
 
明星院八角堂
 

大聖院
 
平岩バス停に近づくと雪のため遅れていたバスが近づいてきました。手を振ってかけ出すと運転手さんは待っていてくれました。
市民会館前で降りました。
念仏院・浄土宗
 
  
八坂神社                                狛犬
 
弘法大師堂(八坂神社内)                利根川河川敷
    
本陣跡(工事中で閉鎖中)
 
田中酒造店
  
長禅寺・臨済宗
 
三世堂(最古のサザエ堂=らせん式になっている。外側2層内側3層)  
 
三世堂中                               総拝堂
   
光音霊堂                               大師堂
 
本堂
  
  

   
常磐線に乗り、6kmほど先の藤代駅に向かいました。      藤代駅構内
 
信楽寺・浄土宗                           
 
地図でかなり大きく載っていたので行ったのですがわざわざ行く必要は無かったかなと思いました。
境内は雪が残っていて入れませんでした。下りの電車まで時間が無かったので大急ぎで帰りました。

弘経寺・浄土宗
 
本堂                                  観音堂
  
浄土宗の念仏「南無阿弥陀仏」が刻まれています。
  
取手競輪の案内                           西取手駅前
 
西取手駅では乗らないのですが、勘違いをして西取手駅(関東常総鉄道線)を改札してしまいました。
この路線の駅は無人駅なので、スイカの取り消しができないのです。
インタホンで聞くと戸を開けてくれ、出ることができましたが、取手駅などで取り消すまではスイカは使えません。
東漸寺・天台宗
  
馬頭観音堂                             大師堂
  
本堂
 
仁王門の屋根
 
このお寺の広い境内は、雪が残っていて残念ながら歩き回れませんでした。
寺原駅まで歩きました。スイカが使えないので、切符を買って、ゆめみ野駅に向かいました。
神明神社                               寺原駅
 
ゆめみ野駅前は開発中で、駅前は広い通りがまっすぐ延びていますが、ブルドーザーで雪かき中でした。
 

道路には雪が残っていて、下高井集落に入る道がわからず困りました。
何とか高井城趾入口のバス停にたどり着きましたが、地図にある妙音寺はわからりませんでした。
高井城趾公園(多分この丘が高井城趾だと思うのですが近寄ることができず、看板を確かめられませんでした。) 妙見八幡宮
 
東光寺
  
 
高源寺・浄土宗
 
 
  
   
高井城趾公園の北側は、小貝川が流れ、下高井の集落は小高いところで古村のようでした。
道はまだ雪が積もっているので、一帯を歩くことはできませんでした。
家はかなりあるのですが、通っている人はいないので道を聞けませんでした。

ここから稲戸井駅まで歩く予定でしたが、夕暮れが近づいてきたので、ゆめみ野駅に戻り、帰ることにしました。
電車はすぐ来ました。切符を買って取手駅に向かい、取手駅でスイカの手続きをしました。
取手駅でも上野行きの快速電車が待っていたので乗り込みました。
武蔵野線は新松戸駅で乗り換えなのですが、快速は新松戸は止まらず、北千住まで行ってしましました。
京浜東北線の下りはラッシュで混むので、引き返し、武蔵野線・京浜東北線のラインで帰りました。
今回のウォーキングは、興味の無い人にとっては、「もの好きな」かもしれません。
私は、スニーカーで行ったのですが、雪が残っている所では、トレッキングシューズでも埋まるほどでした。
長靴が正解ですが、長靴は長く歩くには疲れます。
雪の中のお寺はいつにもまして、ひっそりして時にはいいものです。
長禅寺、東漸寺、高源寺の三つのお寺は大きく立派でした。その分雪かきも大変なようで十分にできていませんでした。
いくつかのお寺は雪道のためと時間がかかるので断念しました。
寒さはそれほど感じませんでした。歩き出してしばらくしてカーディガンを脱いだほどです。
関東常総鉄道は、1~4両でしたが、本数もかなり走り、乗客もいて、愛されているなと感じました。
スイカは使えるのですが、無人駅なのでアクシデントで失敗しました。
目覚まし時計の設定ミス、快速電車の乗り過ごし、などミスの多い一日でした。
でも、十分楽しみました。                               【終わり】

映画/クロワッサンで朝食を。タイピスト

2014年02月07日 | 映画

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原題は、パリのエストニア人でしょうか。ストリーはとてもシンプルです。
エストニア人のアンヌは、飲んだくれの夫に愛想をつかし、三行半を下し、看護して来た母親が亡くなります。
彼女は、パリに住むエストニア出身のフリーダの所に家政婦の仕事に就きます。
フリーダを演じるのがジャンヌ・モロー、85歳を越えて彼女に往年の美しさはありません。
さらに彼女の声は低くドスが利いていて、凄みさえあり、その台詞は嫌みと皮肉に満ちています。
フリーダの昔についての詳しい説明はありませんが、彼女はとても金持ちです。
アンヌの雇い主は、フリーダの息子と思っていたのですが、かつての彼女の若い燕(ステファン)でした。
「お母さんですか?」と言うアンヌの問いに、彼は、「母親とは寝ない」と答えます。
「スーパーのクロワッサンは、プラスチック、本物はパン屋で買わなくちゃ」、と彼女は口にしません。

帰国を決意し、家を出たアンヌは、フリーダの元に戻り、映画は終わります。
映画では、アンヌとステファンの間に男女の問題があるように描いていますが、それは不要で失敗でした。
それが無ければ、私としては、エストニアへの思い入れがあるとしても、秀作と言うかもしれません。
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私は、昨年5月エストニアのタリンを一日だけ訪れました。小さくきれいな町で、とても素敵な町でした。
その時の一部の写真です。

私が昨年訪れた時の私のブログは次です。タリンの町
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原題は、"Populaire"=ポピュラー。ストーリーに特別な工夫はありません。
主演のデボラ・フランソワは可愛く、監督はオードリー・ヘップバーンの世界を意識させたようです。
かつてのヌーベルバーグや色々な映画の場面を意識、参考にしたようで、楽しいです。
映画では、ローズがルイを好きになってしまいますが、逆の方が良かったと思います。
ヘプバーンのようなモノセクシュアルな感じなのにコケティッシュな振る舞いにルイがメロメロになってしまうような。
後半はちょっと退屈でした。舞台は1950年代、女性が社会に進出し始めます。
ところで、一般的なタイプライターのキィボードは、今日のパソコンのキィボードと同様、左上から「QWERT…」となっています。
この配列は、多用する「ERTAS」などが左サイドにあり、使いにくい配列です。
印字が早すぎるとアームが絡むので、わざわざ使いにくしたとの説があります。
使いづらい・人間の生理に反する「逆立ち」した状況なのに、タイピストもキィパンチャーも過剰なスピードが求められました。
1960年代に入り、IBMが表面に活字が並んでいるタイプボール方式を開発しました。
それまでは、各キーの先に活字がアームでつながっているアーム式でした。
このアーム式はあまりは印字されるとアームが絡んでしまう欠点がありました。
でも、使いやすい配列への試みは何度もなされましたが、結局普及せず、
革命的であったコンピュータの世界にも引き継がれます。世界はやはり「保守的」なのでしょうか。
映画では、このボール方式をルイがIBMに無償で提供したことになっていますが、ことの真実を私は知りません。
軽い喜劇で、フランスでは大ヒットしたそうですが、秀作とは言えない普通作です。
最もこの映画がアメリカで作られたらきっとおもしろくなかったとは思いますが。       【2月6日鑑賞】