195の1『自然と人間の歴史・世界篇』物理学の発展(17~18世紀)
微分法は、アイザック・ニュートン(1642~1727)とゴットフリート・ライプニッツ(1646~1716)が、1670年頃であったろうか、それぞれ独立に発見した。これに先行する17世紀初めから、カヴァリエリ(1598~1647)、トリチェルリ(1608~1647)、フェルマ(1601~1665)、バーロウ(1630~1677)といった碩学(せきがく)による研究もあったのだが、今日知られる形で世の中にデビューさせたのは、彼ら二人なのであった。
ライプニッツから始めると、彼はドイツのマインツ選帝侯やハノーヴァー選帝侯に仕え、政治や外交にも携わっていた。数学に限らず、哲学などの分野にも大いなる興味をもっていた。そのことを物語る、1714年7月のユゴニー氏宛の書簡から紹介しよう。
「私の信ずるところでは、この宇宙は全て単純な実体すなわちモナド(Monades)、もしくはその集合体から成り立っている。
この単純な実体は、人間や聖霊においては「精神(l'esprit)」と呼ばれ、動物においては「魂(l'ame)」と呼ばれているものである。どちらも表象 (la perception)(これは統一体の中における多の表出に他ならない)と欲求 (l'appetit) (これは一つの表象から他の表象へ向かう傾向に他ならない)とを持っている。
欲求は動物にあっては「情動(passion)」と呼ばれ、表象が知性である者においては「意志(volonte)」と呼ばれる。単純な実体の中に、それ故また自然全体の中に、これ以外のものがあるとは考えることもできない。
「(モナドの)集合体は「物体」と呼ばれるものである。物体において「受動的で、至る所で均質なもの」と考えられる部分が、「質料」もしくは「受動的な力」或いは「根源的抵抗力」と呼ばれる。(中略)かし、いかなる物体も、またその属性とされるものも、決して実体ではない。「しっかりした根拠を持つ現象」であるに過ぎない。あるいは、見る人によって異なるが互いに関係を持ち同一の根拠に由来する現象(例えば違う角度から眺めた同一の都市が違う外観を呈するように)の基礎であるに過ぎない。
空間は、実体どころか、存在でもない。空間は、時間と同じように、秩序である。時間が一緒に存在していない物の間の秩序であるのと同じように、空間は同時に存在する物の間の秩序である。」(ゴットフリート・ライプニッツ『単子論』岩波文庫)
これの最後にある「時間が一緒に存在していない物の間の秩序であるのと同じように、空間は同時に存在する物の間の秩序である」という部分は、彼が微分法の創始者でもあることを想起させているのかもしれない。時間と空間というものを同時的な「存在」と見なすことから、ものの発現形態そのものを切り取ろうとしたものであろうか、極めて興味深い表現ではある。そのライプニッツだが、微分法の発見は自分の方がニュートンより先だと何度も言っているきらいがあって、その経緯をみると、やや神経質、もう少し度量をもってこの種の問題に相対することはできなかったのであろうか。
もう一方の微分法発見の主役としてのニュートンは、微分法を発見する際の苦労とも受け取れる、次の発言を残している。
「漸減には何ら究極の比というものは存在しないという反論がなされるかもしれない。なぜならば、この比は、その量が0となる以前には究極のものではなく、またそれが0となれば何もなくなってしまうからである。(中略)
しかし、答は容易である。というのは、、究極の速度という言葉の意味は、ブッタいがその場所にちょうど到着する瞬間、それ以前でもそれ以後でもなく、それがちょうど到着する瞬間において、物体が動くその速度のことだからである。同じように、漸減量のの究極の比というのは、それが0となる以前でもなければ以後でもなく、それがちょうど無くなるときの量の比のことだと理解されるべきである。
同様にして、漸減量の最初の比というのは、それがちょうど始まるときののそれである。
速度には、それが運動の終わりにおいて達せられ、しかもそれを超えないようなある極限がある。それが究極の速度である。また、すべての量や比には、それが始まりまた終わるところの同様な極限がある。」(アイザック・ニュートン「プリンキピア」、1683年)
(続く)
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