【掲載日:平成23年10月25日】
・・・玉桙の 道に出で立ち 岡の崎 い廻むるごとに
万度 顧見しつつ 遥遥に 別れし来れば・・・
次々と 到着する 防人兵士
集められた 歌
あの歌も この歌も 家持の胸を抉る
任務忘れて 兵士に代わりての歌 詠む家持
大君の 任けのまにまに 島守に 我が立ち来れば ははそ葉の 母の命は 御裳の裾 摘み挙げ掻き撫で ちちの実の 父の命は 栲綱の 白鬚の上ゆ 涙垂り 嘆き宣たばく
《国の任命 お受けして わしが防人 出る時に 母上裳裾 抓み上げ 頭を撫でて 愛おしみ 父上白鬚に 涙垂れ 嘆きおっしゃる 言の葉は》
鹿児じもの ただ独りして 朝戸出の 愛しき我が子 あらたまの 年の緒長く 相見ずは 恋しくあるべし 今日だにも 言問ひせむと 惜しみつつ 悲しび坐せば
《「一人育ちの この息子 朝に出かける 愛し児よ 長い年月 逢われんの 寂し限りや せめて今日 一日だけは 話そや」と 別れ惜しんで 悲しむに》
若草の 妻も子どもも 遠近に 多に囲み居 春鳥の 声の吟ひ 白栲の 袖泣き濡らし 携はり 別れかてにと 引き留め 慕ひしものを
《妻も子供も 前後ろ 大勢わしに 絡みつき 声あげ泣いて 袖濡らし 手ぇ引っ張って 嫌やでと 行ったあかんと 引き留めた》
大君の 命畏み 玉桙の 道に出で立ち 岡の崎 い廻むるごとに 万度 顧見しつつ 遥遥に 別れし来れば
《受けたお役目 果たすため 心を鬼に 旅立って 岡の曲がりの その角で 何度とも無う 振り返り 家を遥かに やって来た》
思ふそら 安くもあらず 恋ふるそら 苦しきものを うつせみの 世の人なれば たまきはる 命も知らず
《思う心は 切無うて 恋し思いは 苦しいで この世生まれた 人やから 儚い命 思うけど》
海原の 畏き道を 島伝ひ い漕ぎ渡りて あり廻り 我が来るまでに 平けく 親はいまさね 障み無く 妻は待たせと 住吉の 我が皇神に 幣奉り 祈り申して
《恐ろし海の 道のりを 島を伝うて 漕いで行き 役目果たして 帰るまで 親よ達者で 居てくれよ 妻よ恙無 待つ様にと 住吉神に 願いして 幣を供えて お祈りし》
難波津に 船を浮け据ゑ 八十楫貫き 水手整へて 朝開き 我は漕ぎ出ぬと 家に告げこそ
《難波の浜に 船浮かべ 楫貫いて 水夫揃え 朝の港に 船出して 出かけた云うて 家伝えてや》
―大伴家持―(巻二十・四四〇八)
【反歌 「神の御坂に」に続く】
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