ビールを飲みながら考えてみた…

日常の中でふっと感じたことを、テーマもなく、つれづれなるままに断片を切り取っていく作業です。

西暦2006年「宇宙戦艦ヤマト」復活!

2004年07月21日 | Weblog
「宇宙戦艦ヤマトが復活!」ヤマト世代としては非常に気になるニュースだけれど、果たしてこれが吉と出るか、凶と出るか。

西暦2006年「宇宙戦艦ヤマト」復活! (夕刊フジ) - goo ニュース

「宇宙戦艦ヤマト」シリーズをはじめ、「銀河鉄道999」シリーズ、「我が青春のアルカディア(キャプテン・ハーロック)」「1000年女王」と松本零士アニメは大体見てきたのだけれど、冷静に考えると、松本零士原作のものも西崎義展原作のものも、富野由悠希氏の原作に比べるとその世界観が中途半端で矛盾だらけなんだよなぁ。

特に「ヤマト」について言うと、話を構成するために無理がありすぎる。だって古代守とスターシャの愛娘 サーシャが1年で急成長したり、死んだはずの沖田十三艦長が生き返ったり。。。

ガンダムがヒットした要因が「完全懲悪」的な正義ではなく、正義も悪も絶対的なヒーローもなくその代わりに連綿とつならるその世界観であったならば、ヤマトの復活は難しいのではないかと思う。

また内容も微妙で「宇宙を移動するブラックホールが、半年後に地球を飲み込むことが判明、移民船団が2万7000光年離れた星に向かうが、付近の惑星を支配する星から攻撃を受ける」とあるけれど、こうした設定が今の時代に受け入れられるためにはディテールをきちんと設定する必要があるだろう。


エヴァンゲリオンでは既に明確な「敵」は消滅し代わって人の「内面」が対象となり、「イノセンス」では「人間」「生命」の本質そのものを問いかけるなど、既に誰もが納得しうる「敵」や「戦う理由」を外部に設定することが難しくなっているのだと思う。

これはSF映画をみてもそうで、ファンタジーを別にすれば、明確な敵が描きにくくなっていると思う。その反動として、「サイコ」もの、「心の闇」といった科学がまだ解明しきれない世界が「敵」「悪」として描かれているものが多くなった。

「ヤマト」が今、熱狂させてくれるような物語として復活するのか?!正直、期待よりも不安の方が大きい。


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