Opera! Opera! Opera!

音楽知識ゼロ、しかし、メトロポリタン・オペラを心から愛する人間の、
独断と偏見によるNYオペラ感想日記。

Sirius: TRISTAN UND ISOLDE (Tues, Mar 25, 2008)

2008-03-25 | メト on Sirius
今シーズンの『トリスタン~』のキャスティングは番狂わせの連続ですが、
どうやら最後の最後まで混乱状態で突っ走るようです。

今日は、ウィルスへの感染およびアレルギーでプレミアの公演からトリスタン役を全て降りていた、
(そして、その交代劇は3/22の『トリスタン~』のレポでふれたとおり。)
ベン・ヘップナーが初めて舞台にあがるということで、大いに期待が高まりましたが、
何と今日の公演では、まさかのまさかで、ヴォイトが欠場。
かわりに、腹痛事件でヴォイトのカバーに入ったジャニス・ベアードがイゾルデ役を再び歌うことになりました。
(最初の写真はその腹痛事件が発生した3/14の公演で、トリスタン役のリーマンを相手に歌うベアード。)

最後に一つだけ残っている3/28の公演では、もともとブランゲーネ役がデ・ヤングではなく、
Wray(ウレイと読むのでしょうか?)の予定だったので、
これでとうとう、もともとこの公演のセールス・ポイントの一つであった、
トリスタン=ヘップナー、イゾルデ=ヴォイト、ブランゲーネ=デ・ヤングの三人同時キャストは
一度も実現せず、終わってしまうことになりました。

しかし、観客は今シーズンの今までの『トリスタン~』の公演に比べると、最もあついかもしれません。
これは、いつも週の頭の月曜と火曜の観客が冷めていることが多いメトでは珍しいことです。
みんな、ヘップナーへの期待大です。

一幕に関して言えば、音作りはほとんど3/22の公演で受けた印象と同じ。
レヴァインの指揮とオケの演奏は、小ぎれいにまとまってはいるのですが、
私にはやや表面的に聴こえます。

ベアードはがんばっていますが、高音になるとかすかに空虚な音が入るのが少し気になりました。
吐き出している息全てが音となって消化されて出ているわけではないような、、。
オペラのどんな役もそうですが、特にこの消耗度の激しいイゾルデ役を歌うには、
1立方ミリの息たりとも無駄にしてはいけない。
その息の無駄遣いがなくなれば、もっともっとパワフルな歌も歌えるのではないかと思います。
ということで、全音域を通しての音の安定感となめらかさは、ヴォイトの方が上のように感じました。
ベアードの強みは、役に体当たりなところ。ヴォイトのスマートな演唱に比べると、熱い歌唱です。

さて、ヘップナー。
ラジオで聴いただけ、しかもブーイングの嵐を受けていた初日のマクマスターはもちろん、
実際にオペラハウスで聴いたスミスと比べても、一幕だけで判断するなら、
私はヘップナーをとるかもしれません。


(この日の公演のヘップナー)

やはり、この役にはある程度のロブストさ、というか、強さを感じたい。
欠場が続くヘップナーに、一時は、”もしや、この人、この役を歌えないのか?”とまでの疑問を持ちましたが、
すみませんでした、と今、私はこうべを垂れております。
歌だけで言えば、役の雰囲気には結構合ってます。
少なくとも私の好みには合っている。
こんなに今日歌えるなら、3/22の土曜もきっと歌えたんだろうなー。
でも、ゲルプ氏も、”22日は歌ってもらうかもしれませんし、歌ってもらわなくても大丈夫かもしれません”
なんてふざけた条件では、スミスと交渉が出来なかったでしょうし、
連れてきた以上は歌ってもらわなければならない、という辛い事情があったのでしょう。
もし、ライブ・インHDの日に、スミスに来てもらうことにしないで、
それでヘップナーが回復しなかった日には最悪の事態に陥ってしまったところですから、
これが最善の策ではあったと思うしかないのでしょう。
ああ、でも22日はヘップナーで聴いてみたかったかも、、

しかも、もう、憎たらしいくらい、一幕のヘップナーはがんばっていました。
降板さわぎの穴埋めをしようと、それはそれは一生懸命、、。

観客の熱い拍手と声援に、ニ幕がはじまりました。




ベアードの声が一幕に比べると、よく出てくるようになりました。
ただ、彼女はこのあたりの役を歌う歌手にしては細身だからか、
発声に少し振り絞るような、やや人によってはヒステリックにも感じられる響きが入ります。
二重唱の中の高音には、”そのまま強引に出して大丈夫?”とちょっとひやひやさせられるところもありました。
対するヴォイトのイゾルデはもっとまろやかな印象の歌唱。

そのベアードの歌から受ける感覚は、デ・ヤングの歌がかぶってくるところでも、強調されます。
デ・ヤングの声はわりとふくよかな感じの声なので。
しかし、全体的には、きっちりと歌っているし、ベアード、この役の大変さを思うと、大健闘です。

さて、22日はオケが厚い箇所で、スミスとヴォイトの声量のアンバランスさが気になりましたが、
Siriusの放送で聴く限りは、ヘップナーにはそういう不満がなく、
ベアードとの声量のバランス、それから、声のカラーの相性も悪くはないのではないかと思います。
そんな二人なので、二重唱の出来が悪いわけがない。

ただ、一つだけ不満を挙げるなら、特にこの二重唱で、ヘップナーが
スクーピング(ある音を歌うのに、どんぴしゃをアタックせず、下からずりあげる。)まがいの
音をいくつか聴かせたこと。
歌唱の構成上考え抜かれた、意図的な、かつ、趣味の悪くない程度でもちいられるものしか、
スクーピングに関しては許せない私ですので、これには思わず、右の眉がぴくっ!となりましたです。
(ワーグナー歌手ではありませんが、イタリア人歌手マルチェロ・ジョルダーニは、
そのスクーピング罪のかどで私の中ではオペラ刑務所送りになっております。)
ただ、以前からヘップナーは軽度の”ややスクーピング”が見られることが多かったので、
これからも要注意人物としてウォッチしていこうと思います。

あと、気になったところでは、デ・ヤングが今日は少し本調子でないのか、
彼女にしては珍しく、やや音が下がり気味になっている箇所が複数ありました。
彼女からこのような歌を聴いたのは初めてかもしれません。

しかし、ヘップナー、こんなに飛ばして、三幕まで持つの?というくらいの熱唱。
バーンアウトしないように!!
現在、二重唱の終わりに差し掛かっていますが、今のところ疲れらしきものは見えていないです。

マルケ王を歌うサルミネンは、こういった放送で歌唱を聴くと、
ああ、やっぱり声がお歳を召してるなあ、と感じてしまいました。
微妙な声の揺れも拾われてしまっています。
オペラハウスでじかに聴いた時には、ラジオで聴こえるよりはもっとずしーんと体に響く声で、
そちらに圧倒されて、衰えはあまり感じなかったのですが、、。
放送媒体とは恐ろしい、、。

三幕。

今日のクルヴェナルは22日とは変わり、フィンクが担当。
シュルテよりも少し年増な声で、少し老けた部下風。

ヘップナー、イゾルデを待つ場面の頭の方では、少し音が高めに入ったり、
コントロールがほんの少し甘くなったように感じさせられます。
声量はまだまだしっかりしてますが、微妙にお疲れか?
長距離を走るときと同じで、ある部分で突然疲れが襲ってくるのかもしれないです。
しかし、”イゾルデの船か?!”、笛の音が聴こえて、いや、違う、とがっかりするあたりから、
また調子を取り戻しはじめました。
踏みこたえてます、ヘップナー。
ただし、突然、そこから少し泣き節が強い歌唱になりました。
うーむ。泣き節が趣味の悪い一線を通りこしたら、これもオペラ刑務所直行ですぞ。
これ以上、下品にならないようにお願いします。

残念ながら、オケの演奏はここまで聴きすすめても、全体の印象としては、変わらず。
レヴァインの指揮は、作品によっては嫌いでないのですが、
こと、『トリスタン~』に関しては、もしかしてご本人があまりこの作品に思い入れがないのでは?と
思わせるほど、妙なよそよそしさ、作品との距離感みたいなものがあるように私には感じられます。
なので、つい、オケだけの演奏箇所になると、トイレに立ったりしてしまいました。すみません。
本当言うと、がっちり私のハートを掴んで、トイレに行く間も惜しい!という風に思わせてほしいんですが、、。

さて、イゾルデの船が見えてからは、声が裏返るのも辞さぬ大熱唱のヘップナー。
この歌唱表現は非常に評価がわかれるところかもしれません。
私はこの三幕に関しては、”もう少し声量があったなら”という条件つきで、
スミスのトリスタンをとります。
オペラは、芝居ではなく、あくまで歌がベースにありますから、
絶叫で声が度々裏返るというのは、私はあまり好きでないゆえ。
スミスのあの三幕での丁寧な歌、あれでもう少しオケの上を通ってくれれば、、。
ただ、ヘップナー型の表現が好きだ、という人もいらっしゃるには違いありません。

三幕では、イゾルデ役を歌う歌手はトリスタンとの再会の場面まで出番がないのですが、
ベアードはよく声を保ち、出てきたときには、丸みを感じさせる綺麗な声でした。
この方はペース配分がなかなか上手で、一、二幕よりも、声がのってきているようですので、
”愛の死”がどういう出来になるか楽しみ。

こうして通して聴いてくると、ヴォイトの演じるイゾルデよりも、
このベアードが演じるイゾルデは若々しい感じがします。
10歳くらい年齢が違う感じでしょうか。

そのベアードのイゾルデが歌う”愛の死”に入りました。
うーん、言葉の扱い、細かく言うと、言葉の音節の音符への当て方の微妙なタイミングに
改善の余地があるでしょうか。
あと、彼女の発声の仕方に原因があるのかも知れませんが、ヴォイトに比べると言葉が不明瞭。
極端に言うと、子音がふっとんで、母音しか聴こえない、という感じに近いです。
まるで、あいうえおの歌を聴いているような、、。

しかし、スタミナを最後まで持続させたのはお見事。

22日の公演と比べての良し悪しは、結局好みの問題に落ち着くでしょう。
一幕直後には、”ヘップナーで聴いてみたかった”と言った私ですが、
今日の三幕での歌唱にやや引いてしまいましたし、ヴォイトのイゾルデは悪くなく、
全体的なバランスから言うと、22日を観て、それはそれでよかったのかも、という気がしています。


Ben Heppner (Tristan)
Janice Baird (Isolde)
Michelle DeYoung (Brangane)
Matti Salminen (King Marke)
Richard Paul Fink (Kurwenal)
Stephen Gaertner (Melot)
Conductor: James Levine
Production: Dieter Dorn
Set and costume desing: Jurgen Rose
Lighting design: Max Keller
OFF

***ワーグナー トリスタンとイゾルデ Wagner Tristan und Isolde***