M・M日記~心理カウンセラーのつぶやき

アドレリアンの日常と、時どき心のお話
何があっても ちょっと一呼吸おいて違う見方をしてみたら…
人生楽しくなるかも♪

父の十三回忌によせて。

2013-07-08 23:35:55 | 人生
父が亡くなって早、
12年が経ちました。

昨日の十三回忌の法要は
うだるような暑さのなか
身内だけで静かに執り行われました。

久しぶりにお目にかかったお坊さんが
「命日から干支が一回りしたということになります。」
とおっしゃられると
12年という遥かな時の流れを感じました。

子供たちは成長し、
その分、母も老い、
私たち夫婦も年季が入ったというわけで…。

「死」というものに
対峙せざるを得ない体験をしてからというもの、
私自身のこの12年間は
精神的な脱皮を遂げた
おおきな変化の時期でした…。

恐怖心のため「死」から眼をそむけ、
ただ生きることだけに必死だった人生から
「どう死ぬか」
「死を迎えるためにどう生きるか」
と考えるようになりました。


思えば、当時のあの過酷な闘病生活については
亡くなってしばらくは
フタをして早く忘れようとしていました。

父が集中治療室にいたとき、
家族に与えられた面会時間は15分。

不治の病に心打ちひしがれ、
大手術を受け
一人ぼっちで痛み苦しみと闘う父が
家族とふれあえる時間が
一日24時間のうちたったの15分だなんて!

その短い時間に
どうすれば、そして
どんな言葉をかければ
父が安心し、気力を取り戻し
生きる勇気をもてるようになるか…。
全身全霊を込めた
真剣勝負の時間でした。

実はその時すでに
病巣は取りきれていなかったので
心の中の絶望感を気取られないようにと
それも辛い作業でした。

静かに集中治療室から出ると
私の息がハアハアしていたのを思い出します。
運動したわけでもないのに
ものすごい疲労感がありました…。


父が亡くなってから
その病院からは足が遠のいていたのですが
2年ぐらいした頃、
体調を崩した私は、
病棟を見てももう大丈夫だろうと踏んで
内科を受診しました。
 
その時に血液検査をすることになり、
検査室に行ってみると
そこはちょうど
例の集中治療室の入り口にほど近い場所だったのです。

「ああそうだ、あの入り口だった…。」

その瞬間、
目頭にどっと涙があふれ出ていたのです。
とめどなく流れだし、
嗚咽が止まらなくなりました。

それまで全く平静でいたのに
予期せずいきなり
そんな状況になっている自分に
「何が起こったんだ~?」
心のどこかで驚いていました。

「トラウマ」が
フラッシュバックするって
こういう状況なのかもしれませんね。


トラウマになりやすいのは
辛い状況に置かれている本人ばかりではありません。
むしろ深いトラウマになるのは
遠くでそれを心配している家族などの
第三者のほうなんです。

何とかしてあげたいのに
何もできない無力感と絶望感
そんなものが深いトラウマを生み出すのでしょう…。

私の喪失感はいつしか時が埋めてくれました。
父の思い出も
今では感情を高ぶらせることなく
話せるようになりました。


近親者の死から学ぶことは
計り知れません。
「生きるということ」「死ぬということ」について
様々な思いを味わい、
たくさんのことを考えさせられます。

命をもって大きな教えを残してくれた
天国の父への感謝の想いが
私の今をつくっています。


先日、 サントリーホールで聴いた
『六男』による合唱曲「カンタータ天涯」
のメロディーが聞こえてきたような気がしました…。

~死者は夢の中の人とおなじ…

 夢をみなさい、夢の中で会えるから…~




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