常識なんて無い、という意見がある。
数値化された基準がないために、所詮は個々人の感覚であって、曖昧さが残る
ことを以ってそう言うのか。
そういうことであれば、それは理解できる。
あるいは、常識と言っても思いのほか敷居が高くて、なかなか成し遂げられる人
がいないのが実態だったりして、だから常識ってのは本当は常識じゃない、と
いうことなのかもしれない。
これはこれで分かる。
しかしながら、常識がなければ、人と人とのコミュニケーションは成立し得ない。
社会も成り立たないし、結局は人生というもの自体が立ち行かなくなる。
そこまで分かっていながら、でも「常識」って何ですか? と聞かれたら、何と
答えようか。
恐らく、この質問が出た状況や、質問者と回答者の立場、そんなものによって
答えが変わるのだろう。変わるというのは、場合によって答えが違う、という
ことではなくて、答える範囲が違うという意味で。
子供時代、特に10代とかでは、仲間内だけに通用する言葉なんかを作っては
喜んで運用したもんだ。他者との差別性を創出し、外部との疎外感から逆に
内部の連帯感を得ようってことなのだと思う。
これだって常識だった。仲間である為の。やや浅はかで、後ろ向きな行為と
言わざるを得ないが、さりとて表面的には誰に迷惑を掛けるでもなく、敢えて
強く否定する程のこともない。それでいいのか的な疑問は残るものの、深く考え
る切羽詰った必要性も無いだろう。
などと偉そうなことを言ってみたりしても、中年と呼ばれる世代になったおいら
とて、大きくは変わっていないというか、大して成長していないんだと思う。
業界の常識、会社の常識、職場の常識。
これらは、その狭義の社会で流通する言葉で成り立っている。
今日は、広い分野の業界の方々が集まるセミナーに参加して来た。勿論、仕事と
しての思考がおいらの頭を占めるのだが、片隅でそんな感慨を持った。
業種が違えば、環境が違えば、常識も違う。当たり前であり、それらを学ぶ場でも
あるので、勉強になった、ということなんだが、今日のはギャップが大きかったよう
に思う。
だからどうしたってことではなく、結局は用意されたバイキング料理とお酒を頂いて
満足顔で帰宅。
旨かったさー! お金持ちの会社さんだね! どれも旨くて驚き!
そんなところも、おいらの職場とか会社の常識からはかけ離れていたりした。
ただそれだけのこと。


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