「怒り」
吉田修一 訳
だれも救われない。
きっとそう。
犯した罪や奪われたものたち。
なにがほんとう、なにがしんじつ。
それでも歩み続けるのは生きるという
ほんの小さなともし火のため。
怒り。
この本に怒りはそっとしか描かれない。
でも怒りは人のエネルギーとなる。
良い方にはまずいかない怒りという感情。
隣り合わせなのか、背中あわせなのか
喜怒哀楽の重複が、光と影の顔かたちを現し、
隠れさせる。
逃亡犯、山神一也の顔に似ていたために関わった、
三つのストーリー。
怒りはやがて悲しみとなる。
見つからない真白な地図
失われた怪奇の波高
照らされる右側と
隠された左
二面性の島の上には
激しい雨が降っている
息つまる胸の苦しみ
残した生きた証し
書き残した断片は
無謀な地図に当てられる
光のささない地図
心臓にさされた
芳香の冒涜
アンチは地図に杭を刺す
沈み込んでいく地面
見上げた白い太陽
太陽から生まれる幻の影
甘いけむり
押さえ込んできた心の激流は
だしてはいけない
誰かの幸せを願うなら
彼方の幸せを願うなら
心のナイフは妖しい波
止められるのは自らを傷つけること
他者には与えられない苦しみは
パズルとなって
足元にぱらぱらと転がり落ちる
危うい狂気は泪となり
記憶のピースが風に吹かれる
偽りの自分
いつしか何が真実なのか
わからなくなった
内に潜む塊が疼く
甘えてはいけない
隠された奥底と
犯し続けた透明の瞳
本当を偽る紫めの唇
苦しみは僕が生きる理由
悲しみは僕の魂の半分
傷つき崩れ落ちるのは
傷つけられたものだけが
許されるもの
まとわりつく命の灯火は
儚い影の夢
夢は表裏一体
うすい色素は空色に染まる
許されない灼熱に悶えながら
ここは暗いなあ
明かりがほしいなあ
窓のちいさい部屋
てんめつする雪の花
空からひらひら落ちる
無数の結晶
横たわるのは死の影
上を見ると嘘の生
妖精はここにはいない
甘みのない体は誰にも触れられない
あお・・・
瞳の奥に燃えあがる幻の私小説
偽りの風景ともろい階段
焦がしていく肌の重みと
移動する静寂の音
そしてあなたが側に
手を伸ばしても触れられない・・
あお・・・