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居酒屋さすらい 0650 - 選ばれし者たち - 「やきとり 次郎」(川口市並木)

2013-06-10 16:51:15 | 居酒屋さすらい ◆立ち飲み屋
1998年の年末。
ボクは西川口駅のベンチで昏倒した。泥酔である。
気がついたときは、ボクの財布やカバンから、記者発表の席でいただいたお土産まで全てがなくなっていた。
財布にはその年の有馬記念を買おうとした2万円が入っており、カードや運転免許証などもすっかりと消えてしまった。どうやら眠りこんでいる間に盗られてしまったらしい。
記憶はほとんどない。「切符をなくした」と言ってJRはやりすごした。
高田馬場駅前の交番でろれつの回らない口で事情を説明し、巡査に2,000円を借りて、彼女の住む田無へと帰ったらしいのである。
それから14年弱。ボクは西川口駅に降り立った。

西川口はすっかり寂れていた。
東日本最大の風俗街の面影はもうなかった。
東口を出た。駅のエスカレーターを降りて街の匂いを嗅ぐ。
ろくでなしがいっぱいいそうな匂いがする。盛者必衰のろくでなしたちの匂い。風俗街の栄華と川口オートレースはただ春の夢のごとし。
ぎらぎらしていた時代が嘘のように駅のロータリーを歩くと、1分もしないうちに立ち飲み屋に出くわした。
「やきとり次郎」。その看板にまず圧倒された。
なんという存在感か。そればかりではない。その威風堂々した風格ある店構え。
店には扉などなく、文字通りオープンである。それにも関わらず、入るものを拒む雰囲気を感じるのは、圧倒的な威厳だろう。家路を急ぐ者たちは、見てはいけないものが、そこにあるように店の前をそそくさと歩く。まるで、森の中を魔女ゴーゴンに見つからぬよう、万が一遭遇してもその目を見つめてしまわぬよう、顔を背けて歩いているうようだ。
ボクも逡巡した。店頭の焼き台で焼き鳥を焼くオヤジに睨まれようなら、間違いなくボクも石のようにかたまってしまっただろう。
だが、ぼくはすぐに平静を取り戻した。いや、平静を装った。そして、店の中へと入って行ったのである。

この店は、選ばれし者だけが入れる店とでも言おうか。店のハードルは極めて高い。どん底を知る者だけが店に入ることを許される。もし、そうでない者が店に入ろうとしたのならば、店の入口の前に金の斧を持ったヘルメース神が現れ、きっとその者にこう言うに違いない。「この斧を落とした者はお前か」。すると、どん底を知らない男は「そうだ」と答える。その瞬間、ヘルメース神は財布やらカバンやらお土産などを雲散霧消させてしまうだろう。ここでは、金の斧を持っていると自負する者は入れない。

調理場のカウンターと背後の壁にそれぞれカウンターがある。いずれも年季が入った見事なカウンターだ。見事といえば、店の壁である。恐らく、開店以来一度も掃除をされたことはないだろう。昔年の焼き鳥の脂が壁に付着し、こびりついているのみばかりでなく、黄ばんだうえに、黒いダマ状となったホコリがその脂にぴったりと寄り添っている。したがって、壁の色は灰黄色だ。まさに歴史が黄ばんだ、もとい刻んだ壁である。もし、この壁の前で、酔った勢いに任せ嘘をついたとしたら、手首を切り落とされることになりそうなただならぬ気配すら感じる。真実の口のごとく。したがって、嘘つきはこの店には入れない。

おばちゃんに「生ビール」を頼んだ。サッポロ、500円。
メニューは焼き物とお新香(300円)のみ。実にシンプルだ。焼き物は一律1本が100円。モツ類ともある。例えば、「もも串」「しろもつ」「かわ」「かしら」「レバー」つくね」。1本からでも注文が可能である。
飲み物はビールの他、焼酎、日本酒、チューハイ、ウィスキー、レモンサワーとひととおり揃っている。いずれも銘柄は明らかでない。焼酎はワインの「フランジ」のような蛇口が紙パックについており、ハンドルを回すと注がれる仕組みになっている。それらが置いてある冷蔵庫近辺は極めて乱雑だ。

長い歴史を刻んだ店だが、焼き鳥の味もそのキャリアをそのまま積んだ出来映えといっていい。タレがおいしいのである。
選ばれしものだけが入れる店。ボクはこの店をそう呼んでいいと思うのである。ちなみに「やきとり次郎」は西川口駅の西口にもある。どちらが汚いかといえば、どちらも恐ろしく汚いが、ボクは両方の店をとても気に入っている。
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