講演の仕事が終わって横浜の街へ繰り出した。開放感から、ついつい元同僚ヨッスィーに電話をしてしまった。一緒に酒を飲もうと思ったのである。
21時を過ぎていれば、もう帰宅の途についていることだろう。だが、電話の向こうの彼はまだ忙しそうに働いていた。
「兄さん、すいません」と謝る必要もないのに、申し訳なさそうに言いながら、わたしに提案をくれた。
近所にものすごい通りがあるらしい。言われた道順にしたがって行ってみると、果たしてそこは居酒屋が建ち並ぶディープな空間だった。
「狸小路」というらしい。札幌の狸小路と比べれば、規模は小さいが、断然雰囲気はある。まるで映画のセットみたいに昭和だ。
新横浜のラーメン博物館のセットなんか目じゃない。だって、本物なのだから。
とりあえず、通りを往復してみる。
様々な居酒屋が軒を連ねる。その中で「お加代」というお店を見つけた。この店は確か、吉田類さんが訪れた店ではなかったか。しばし、中の様子をうかがっていると、隣の店がやけに騒がしいことに気が付いた。
重厚な木の扉。少しくたびれかけたそれがやけにわたしの興味をひかせる。看板を見上げると「ヤミツキ」という文字。
バーだな。わたしはそう思った。扉を開けて店内を覗いて見た。
なんと、立ち飲みだったのである。
タチノミストの血がうずいたのは言うまでもない。
だが、ものすごい混みようである。店内が見えず、扉の手前まで人いきれである。
わたしは少し躊躇した。
すると、入口の手前で飲んでいた若い男性がカウンターのコップをずらして、わたしに「どうぞどうぞ」と薦めてくれたのである。
その好意を受けないわけにはいかない。わたしは、店の中に入った。
だが、この超混雑する店でどうやって、オーダーをするというのだろうか。
ごくごく狭い店であることは分かる。だが、人波のおかげで店の奥がどうなっているのかも確認できない。しかも、店の中は極めて騒がしく、わたしの声が店の奥の店員に聞こえるとは思えない。
手持ち無沙汰にして、困っていると女性の店員がやってきた。
オーダーをとりに来てくれたらしい。
ビールにしようか悩んでいたが、この店はどうやらワインバーらしい。
「おすすめの白ワインはありませんか」
すると女性はチリの「カリテラレゼルバ」を勧めてきた。
なるほど。それください。
ワインは好きだが、味などよく分からない。辛いか、甘いか、それだけだ。
つまみも適当に持ってきてもらうことにした。
ワインが来て、わたしを招きいれてくれたお兄さんと乾杯。
つまみは「チーズとスパイシーミートのハッシュドポテト」(500円)。
これがなかなかうまかった。
肴は全てバル風の洋食。ついつい名前にひかれてしまう。
トイレは2階にあり、わたしは人波をかき分けながら、なんとか2階に辿り着く。2階は椅子あり。
店は5坪もないような小さな店。活気に満ちている。
ワインをもう一杯いただいた。
悪い店ではない。だが、「食べログ」の評価が3点を割っているのが気になる。きっと、激混みだから、居心地が悪い評価に繋がっているのだろうか。
だけど、激戦区横浜で勝負し、激混みの様相を呈す店は評価されている証である。
少なくとも、「チーズとスパイシーミートのハッシュドポテト」と白ワインは病み付きだった。
店の壁には来店した客の名刺がべたべたと貼られている。いつの間にか、これがこの店の慣習になったのかもしれない。
わたしもポケットから名刺を取り出し、店の壁に貼った。
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