築地で仕事を終え、ふらふらしていると勝鬨橋に出た。
これが有名な可動式の橋か。
「こち亀」を読んで、この橋の存在を知り、その開閉をいつか見たいと夢見た橋である。だが、今はもう送電されておらず、橋の可動はなされていない。
信じられないのは、この橋の上を都電が行き交っていたということだ。この可動橋をレールが敷設されていたという事実。
花の東京はずいぶんと高度な街だったことがうかがえる。
その勝鬨橋を渡ると、ちょうど、河口の向こうに見える浜離宮の方を夕日が沈みかけようとしていた。
街はオレンジ色に染まっていた。
橋を渡ると住所は築地から勝ちどきに変わる。
築地には立ち飲み屋がなく、食べログで店を物色していたら、「かねます」という立ち飲み屋があることが分かった。
その店は勝鬨橋を渡ってすぐにあるという。果たして、橋を渡り、わたしはすぐさま、その店を見つけることができた。
集合住宅の1階、縄のれんと格子戸が粋だ。戸の上部に「かねます」と楷書された看板が光る。
店内は清楚なたたずまいで清々しく、どこか気品すら感じさせる。
割烹のような雰囲気に、少し圧倒させられる。
17時を過ぎたばかりなのに、既に店はにぎわっていた。
まずは生ビール。大衆的な立ち飲み屋ならば、まず「煮込み」は間違いなくあるから、たいてい両者を頼むが、この「かねます」はどうか分からない。
そう。この店は大衆的ではないのだ。
時間稼ぎの意味でまずは「ビール」だ。瓶ビールはヱビス。どうやら黒の生もあるらしい。
ビールが運ばれる前にメニューを覗く。カウンターにはメニューはない。店の壁にある黒板が、この店唯一のメニュー表である。
その黒板の字が崩した字で読みにくい。
どれどれ。え?我が目を疑った。
「牛にこみ」が800円と書かれている。800円?
見間違いかと思って、もう一度見てみる。だが、崩した字で書かれている文字は、恐らく800円で間違いない。
高い。ななんと、秋葉原「赤津加」の「鶏もつ煮込み」と同じ値段。居酒屋さすらい史上2位タイの高額さ。ちなみに1位は野毛の「麺坊亭」の1,680円。恐らく、この記録はもう二度と抜かれないだろう。
他のメニュー見てみる。
「かつおたたき」500円。お、これはまともか。
いや、だが、「かつおたたき」と漢数字の五の間に微妙に線が入っていないか?
これが、誤って書かれた線なのか、それとも「かつおたたき」は1,500円なのか。分からない。
その横に「コロッケ」の文字。
「コロッケ」800円と書かれているが、やはりこれにも「ケ」と「八」の間に線が入っている。
さすがに「コロッケ」が,1,800円もするはずはないだろう。だとすると、あの線は、メニューと金額を隔てる線なのであろう。
その他のメニューを見る。
「雲丹」のなんとか。うには読めるが、そのあとの文字が判読できない。値段は2,000円。おいおい。
立ち飲み屋で2,000円のメニューなんて見たことがない。
5つ程度書かれたメニューのうち、理解できたメニューは「牛にこみ」だけ。「かつおたたき」も読めたが、値段がいまひとつ分からない。
そこで、「牛にこみ」を頼んだ。
しばらくして、出てきた「牛にこみ」は思っていたものとはかけ離れたものだった。
これは牛すじなのだろうか。串に刺されたトロトロの煮込みだった。おつゆはなし。ほぼ固形の串煮が現れた。
だが、これが本当においしかった。ビーフシチューを彷彿とさせるトロトロのお肉だった。恐らく、牛筋ではない。どこの部位か分からないが、これがまたうまい。
ワインの味が微かにするのは気のせいか。
串煮が3本。これで800円というのをいかに感じるか。高いか安いか。
お店は3人の男性で切り盛りされていた。
中央にいる、ムスリム帽のようなものを被ったコブクロの小渕健太郎に似た方が、中心人物なのだろうか。
実に楽しそうに働いている。
お酒を頼んだ。ぬる燗で。
小渕健太郎が小気味よく、ちゃきちゃきっとお酒を出してくれる。
いいリズムだ。いい雰囲気だ。
そこで、わたしは満を持して「かつおのたたき」を注文した。
これもまた、丁寧な仕事の代物だった。その瞬間、これは500円じゃないことを悟った。
立ち飲み屋で1,500円のものを初めて食べた。新橋に行けば、このお金で3杯程度の酎ハイとおつまみも豊富に食べられるのに。
だが、「かつおのたたき」は別格だった。かつおの臭みがなく、食感もいい。薬味がなくても素材だけでおいしい。
さすが台所築地の目の前。仕入れも独特のルートで入れているのだろう。
ぬる燗をもう一杯飲んで、すっかり気持ちがよくなった。
お会計をすると、果たして立ち飲みに行ったと思えないほどの金額になっていた。
見事においしい。だが、そうやすやすとは来られない。
だが、気になるのは「コロッケ」。
本当に1,800円もするのだろうか。もし、本当にそうなら、そのコロッケはどんなものなのだろう。
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