20日の月曜日。近くの行けつけのブックカフェ。ブーサンゴ(Bousingot)で初ライブをやるというので見に行った。
シモーン・ホワイトというアメリカ人の女性シンガーのソロ・コンサート。
ギターの弾き語りと、澄んだ声の繊細な歌い方が印象的な、いい意味で日本人好みだろう。
「焼き芋~焼き芋~、おいしい~やきいも~」の誰もが知っているフレーズの曲「YAKIIMO」は、日本でも知る人ぞ知るとのこと。
彼女のルックスがどこかしらブリジット・フォンテーヌに似ていて、知的で繊細な感じの外国人女性(特にフランス)はわたしの憧れなのだ。
日本語では「シモーン」と表記されるが、わたしの頭のなかは「シモーヌ」である。
その日のライブは、旅行中の彼女のご両親がたまたまお見えになり、会場がとてもアットホームないい雰囲気になった。
シモーヌのライブの様子はまた別の機会に書くことにして、彼女の父君について少し書き記したい。
その日わたしは了解をえて一眼デジカメでビデオ撮影していた。その私の隣にシモーヌの父、スチーブン・ホワイトが座っていた。
休憩のときと、ライブが終わった時に、拙い英語を使っていろいろ話した。
最初は、お互いの年齢。二人ともこの場には不釣り合いの高年齢。
彼の方から聞いてきた。「いくつに見えますか」
ベビーブーマ世代と思いきや75歳だという。
それからここのブックカフェの話。すこしの文学の話題。
「じつは、俳句をすこし嗜みます」
「ヨーロッパでは特に盛んだと聞いてますが」
「私たちはオレゴンに住んでいるのですが、自然にあふれたところなのでね」
「日本には何度かいらっしゃっているのですか」
「いや、初めてです。ハワイに何年か住んだことがあります」
このように書くと、すらすら会話しているようだが、実際はしどろもどろ、冷や汗じっとりである。
彼の理想は、シェイクスピアのソネットのようなものらしいが、私は読んだことがないので頭が真っ白になった。
ライブ終了後、彼から名刺カードをもらった。アーティスト的な仕事をしていると理解したが、75歳という御年であり、なかば趣味的なものと早合点していた。
そのカードにも不思議なフォルムのイラストが印刷されていて、それが何であるかなど突っ込んだ話はできなかった。
いまになって悔み、たいへん反省している。
やはり英語は話せないと駄目なのか。日頃、グローバリズムを批判し、その権化ともいえる英語だ。外国に旅しても、英語は必需品みたいなもの。
積極的に学ぶべきか、意思疎通ていどで諦めるか。どう折り合いをつけるか、自分でも決着がつかない。
もとい。スチーブン・ホワイトのカードから、彼の作品群を紐解くことができた。
イサム・ノグチの流れを汲んでいるのだろうか、彼の「Light Sculpture」はまさしくアートである。
かれが書いてくれた自作の俳句を、そのとき私は読み込めていなかったのだ。
一期一会の大切さを、今さらながら思っても仕方ないことか。
彼の作品はここから。
culturesource.net/stephenwhite
corriecroft.com/luminessence
彼が書いてくれた俳句。シンプルな言葉で、彼のアートワークの深みと合わせて鑑賞したい。
You are born a moon
In your time you will become
A bright shinning star
光の彫刻をあの時もっと、この糞頭でイメージできていたら!
※彼はスチーブンではなく、シモーヌのパパ・ステファンである。
シモーン・ホワイトというアメリカ人の女性シンガーのソロ・コンサート。
ギターの弾き語りと、澄んだ声の繊細な歌い方が印象的な、いい意味で日本人好みだろう。
「焼き芋~焼き芋~、おいしい~やきいも~」の誰もが知っているフレーズの曲「YAKIIMO」は、日本でも知る人ぞ知るとのこと。
彼女のルックスがどこかしらブリジット・フォンテーヌに似ていて、知的で繊細な感じの外国人女性(特にフランス)はわたしの憧れなのだ。
日本語では「シモーン」と表記されるが、わたしの頭のなかは「シモーヌ」である。
その日のライブは、旅行中の彼女のご両親がたまたまお見えになり、会場がとてもアットホームないい雰囲気になった。
シモーヌのライブの様子はまた別の機会に書くことにして、彼女の父君について少し書き記したい。
その日わたしは了解をえて一眼デジカメでビデオ撮影していた。その私の隣にシモーヌの父、スチーブン・ホワイトが座っていた。
休憩のときと、ライブが終わった時に、拙い英語を使っていろいろ話した。
最初は、お互いの年齢。二人ともこの場には不釣り合いの高年齢。
彼の方から聞いてきた。「いくつに見えますか」
ベビーブーマ世代と思いきや75歳だという。
それからここのブックカフェの話。すこしの文学の話題。
「じつは、俳句をすこし嗜みます」
「ヨーロッパでは特に盛んだと聞いてますが」
「私たちはオレゴンに住んでいるのですが、自然にあふれたところなのでね」
「日本には何度かいらっしゃっているのですか」
「いや、初めてです。ハワイに何年か住んだことがあります」
このように書くと、すらすら会話しているようだが、実際はしどろもどろ、冷や汗じっとりである。
彼の理想は、シェイクスピアのソネットのようなものらしいが、私は読んだことがないので頭が真っ白になった。
ライブ終了後、彼から名刺カードをもらった。アーティスト的な仕事をしていると理解したが、75歳という御年であり、なかば趣味的なものと早合点していた。
そのカードにも不思議なフォルムのイラストが印刷されていて、それが何であるかなど突っ込んだ話はできなかった。
いまになって悔み、たいへん反省している。
やはり英語は話せないと駄目なのか。日頃、グローバリズムを批判し、その権化ともいえる英語だ。外国に旅しても、英語は必需品みたいなもの。
積極的に学ぶべきか、意思疎通ていどで諦めるか。どう折り合いをつけるか、自分でも決着がつかない。
もとい。スチーブン・ホワイトのカードから、彼の作品群を紐解くことができた。
イサム・ノグチの流れを汲んでいるのだろうか、彼の「Light Sculpture」はまさしくアートである。
かれが書いてくれた自作の俳句を、そのとき私は読み込めていなかったのだ。
一期一会の大切さを、今さらながら思っても仕方ないことか。
彼の作品はここから。
culturesource.net/stephenwhite
corriecroft.com/luminessence
彼が書いてくれた俳句。シンプルな言葉で、彼のアートワークの深みと合わせて鑑賞したい。
You are born a moon
In your time you will become
A bright shinning star
光の彫刻をあの時もっと、この糞頭でイメージできていたら!
※彼はスチーブンではなく、シモーヌのパパ・ステファンである。