小寄道

日々生あるもの、魂が孕むものにまなざしをそそぐ。凡愚なれど、ここに一服の憩をとどけんかなと想う。

肖像画にこだわったプーチン

2022年06月17日 | エッセイ・コラム

プーチンが二十歳そこそこの若者たちを前に、大学ゼミふうの歴史講義をしている。過日、そんなニュースを目にした。
いまウクライナで展開されている「特別軍事作戦」は、ロシアにおける歴史的かつ正統なる国事となる云々の話だったらしい。ウクライナへの侵攻を正当化する、もちろんプロパガンダ用のTV番組だ。ここでもプーチンは、ロシア帝国の始祖ともいうべきピョートル大帝をもちだして、ロシアの歴史を講義したらしい(※別記1)

ロシア・ロマノフ朝の初代ともいえるピョートル皇帝(在位1682~1725年)は、大北方戦争(対スウェーデン)での勝利により大帝と称され、君主専制政治に基づく社会体制=ツァーリズムを打ち立てた先駆者である。また、それまでのロシアを中世と断じ、自らがロシアの近代化をはじめると宣言した。プーチンは、そのピョートル大帝を敬愛し、皇帝の独裁的な権勢やロシア領土の拡張主義を礼賛していることはつとに有名だ。

かつて無名に等しかったプーチンは、エリツィン・ファミリーの汚職をもみ消したことで、エリツィン大統領から篤い信頼を得た。で、即座の抜擢人事で、首相の座についた。そしてプーチンは、執務室にピョートル大帝の肖像画を壁に飾ったことが知られている。

最近、プーチンのインタビュー本『プーチン、自らを語る』を読んだが、ピョートル大帝へのリスペクトは随所にあり、その尊崇ぶりの強度を確認できた。ロシア帝国の始祖としてのピョートル大帝と自分を重ねあわせるのは、大統領になる前からの願望であり、従来のソ連首相にはないタイプといえるだろう。

▲17世紀末から18世紀初頭に、長期にわたる戦争を主導して、ロシアの領地を大幅に拡大したピョートル大帝

 

さあ、ではでは、ピョートル大帝は、ロシアの国民から愛される「ツァーリ(君主)」で、その肖像画は、ソ連時代の一般家庭に飾られたのだろうか? 飾る家庭もあろうが、肖像画で最も人気があったのは、国民詩人のプーシキンだったそうな。(別記2)

▲ソ連時代にプーシキンの崇拝熱は高まった

プーシキンについては、以前このブログに書いたので参照していただきたい。⇒「プーシキンの見た オデーサの海」

この記事について、最近、ブログを愛読なさってくれるスナフキン氏とコメントの応答があって、今回の記事を書くことにもなったのだ。小生が何を強調したいかといえば、プーチンの心性であり、大昔の「ツァーリ」の肖像画を飾る「癖度」である。もっといえば、俺一人でロシアを背負っているという「勘違い度」、多くのロシア人が国民詩人として敬愛するプーシキンへの「無視度」である。

プーチンは、日本でいえば並外れた国粋主義者だといえないだろうか。15歳でKGBに乗りこんだのは、陰にいながら人を操る仕事につきたいという理由からだ。そんな風変わりな少年は、柔道で心身を鍛えながら、サンクトペテルブルク大学の法学部に入るために猛勉強をはじめた。それは、KGBに入りたい故の一心の思いからであり、同大の法学部を出ることが必須条件だと教えられたからだ。

ということで、プーチンはロシア国家の礎を築いたピョートル大帝を敬愛しても、プーシキンへの関心はなく、いや忌避するべく存在だったかもしれない。時の君主アレクサンドル1世に反撥し、デカブリスト(立憲と市民の自由を要求した革命家たち)とも交友関係にあり、南ロシアに流刑された詩人プーシキンに対して、プーチンは好からぬ印象を抱き、その作品さえも読まなかったのではないか・・。

プーシキンの作品の特長といえば、「簡潔、平易、客観性、軽妙さ、ユーモアが明確に表現されていること」(川端香男里)とされるが、ロシア近代文学の始祖ともいえ、それを裏づけるロシア文語の創始者である。

若い時に『スペースの女王』という短編は読んだが、詩集その他は積読本の奥に紛れていた。最近のウクライナ情勢を知るにおよび、プーシキンはウクライナの人々にも読まれていて、今日でも強い影響力があるという。で、詩集を引っぱり出して、読んでみたら簡明であるが表現力が深く、現代詩のライトヴァースと言ってもいい。恋愛詩はロマンチシズムが強く、旧き時代の感覚が横溢してちょっと苦手だが、その他は実にいいのだ。

※別記1)ピョートル1世は、モスクワ・ロシアのツァーリ、初代ロシア皇帝。バルト海へのアクセスを求めて、スウェーデンとの間で大北方戦争を行った。その勝利により、ピョートル大帝と称される。また、17世紀末から18世紀初頭に、長期にわたる戦争を主導して、ロシアの領地を大幅に拡大した人物である。現在のウクライナ領に面した黒海の内海であるアゾフ海に最初にロシア軍を進めたのも、ピョートル大帝だ。

たぶん、こうした歴史概観を紹介したんであろう。そして、プーチンはこう語ったという。「皆さんは、ピョートル大帝はスウェーデンと戦い、土地を奪ったのだと考えているかもしれない」と。だが、その地域には何世紀にもわたってスラヴ系民族が住んでいたと主張、「大帝は何も奪っていない。奪い返したのだ!」と続けた。

(別記2)ソ連時代に一般的になったプーシキン崇拝。本物のプーシキン崇拝が形成されたのは、共産党政権下のソ連時代だ。どの学校の文学研究室にも、またほとんど、どの家にもプーシキンの肖像の複製画が掛けられた。すでに1937年にはプーシキン没後100年の記念行事が行われ、生誕150周年には記念日が広く祝われた。彼の記念日に向けて、タバコ「プーシキン記念に」、マッチ「プーシキン」、記念切手、食器、石鹸、香水ほか、彼の肖像が描かれた多くの品が発売され、プーシキンは国家的シンボルになった。

 

『プーチン、自らを語る』は、ロシアの原題は『第一人者から』というタイトル。ロシア学の泰斗木村汎は、けっこうこの本から引用しているし、「人格的考察」では積極的に援用している。猫をかぶっている感じは否めないが、単刀直入の鋭い質問にも、プーチンはわりと正直に真摯に答えていると思う。(いま、ネットの古本としては数が出回りはじめ1~2万円台で流通。当初は80万円もした。図書館に予約して3か月後にやっと手元にきた)

大統領選挙のためのいわゆるプロパガンダ本であるが、当時あまり知られていなかったプーチンの政策や思想をインタビュー形式で紹介した本だ。プーチン本人だけでなく、サンクトペテルブルク時代からの友人であるチェリスト・セルゲイ・ロルドゥギンや妻、子供、秘書などプーチンの身近な人にもインタビューしている。

本には書かれていなかったが、肖像画というものにプーチンはなぜか執着があったかと思われる。第三者が揶揄するような風刺的な肖像画は多いが、これぞプーチンの肝いりで描かれたというものも2,3あった。

▲この風貌は明らかに大統領になりたての頃のものだ。

 

追記(おまけ):ところで、この日本では、一般家庭において肖像画を飾ることはほとんどないと思われる。稀に、地方の素封家として知られる家で、ご先祖の主人である威厳に満ちた肖像画が掛けられていることがある。
明治以降では、天皇の肖像画が学校など公共建築物に飾られていたが、哲学者・美学者の多木浩二によれば、日本人の多くが天皇の存在に無知で、広く知らしめるために国の政策により、写真を基に特注した肖像画が、全国の学校はじめ公共機関で公開された。同じようなことを前に書いたかもしれない。

 


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5 コメント

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Unknown (スナフキンÀ)
2022-06-18 11:30:02
おはようございます。
仔細な感想は後ほどに書きますが、今回の記事は絶品です!
ピョートル雷帝と、プーシキンを比べ、どうプーチンに繋げるか、楽しみにしてました。
なるほど。
ピョートルとプーシキンをある意味で「イワンの心のポジとネガ」として扱い、プーチンの分析に用いましたか。面白い!!
3枚の肖像画で、3というのは三国志のように人の心に響く対立なのですが、AvsBのような2者対立の方が陰影は深くなるです。
そこで、ロシア的なる心象を、雷帝と詩人に分けて提示して、そこから
プーチンが何を選び、何を棄てたか……を描く事で、プーチン像をくっきり浮かび上がらせる。そういう評伝かとお見受けいたしました。
私の見立てが誤ってなければ、その狙いは見事な表現なさっておられると思いますよ。全ての記事を拝読した訳ではありませんが、この記事は、
小寄道様史上にベスト5に入る評伝かと存じます。では。
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Unknown (スナフキンÀ蛇足)
2022-06-18 11:40:47
私はプーチンという漢を、ラス・プーチンなどと比喩しながらも、
その豪腕でロシア立て直しした実行力、暴力を厭わぬ事も含めて評価していました。プーチンは嫌いではなかった。
実際、プーチンがプテラノドンに乗って動乱の異世界統一を目指す
異世界転生ラノベやコミックもあり、プーチン好きな日本人は少なからずいます。
故に彼を評価してきたが故に、ウクライナでの失敗は、失望が大きかった。ただ、願えるならば、メロンぱんち様のブログで、プーチン像について応答したコメントの中で怖くなりました。
全くブレてない。彼のロシアにはプーシキンのロシアは無い!!
その事が記事で良くわかりました。では。
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力を持つ者の慎み (小寄道)
2022-06-18 18:17:17
コメントありがとうございます。
過分のお褒めの言葉として受けとめています。
プーチンは確かに立役者です。冷戦に敗れ、無秩序のカオスからロシアの再生に道筋をつけた。
そう、暴力を厭わず、策略・陰謀も辞さずに、祖国の復興を成し遂げた。その彼の心を支えたのは、P大帝なのか国民詩人なのかどうでもいい。
彼は手段を選ばず、目的を達成した剛腕な漢であり、透徹した理論家であったかもしれない。

しかし、冷戦に敗れたソ連という大国は分断の憂き目にあい、各共和国は独立し、自立の道を選んだ。
たぶん、プーチンはそれが悔しかっただろうし、祖国の威信をいっぺんで失い、絶望の淵に立たされたと思ったに違いない。
そして、そうなったのは欧米のNATO、アメリカ一国の帝国覇権主義&金融資本主義のせいだと見なした。

スナフキンさん、あなたがプーチン大統領の手腕を評価し、国際的に孤立する彼を擁護するのは、個人の自由ですし、プーチン支持派がけっこういることも知っています。
私にしても、このままでは米国の産軍複合体の覇権的な振舞いに歯止めがかからない、だから憂慮してします。

しかしながら、現代国際社会の秩序そのものを否定してはならない。力を持つ者が、その力を恣意的に行使してはならない。いや、国際関係はもっと複雑で、水面下ではもっと非道な力の行使をするものいるだろう。

そういう得体の知れない力が我が国を侵略するかもしれない。力には力で抗するしかないじゃないか。
でも、そうした力の論理は、これまでの歴史の推移をみれば、その結果は見えてきませんか。
叡智をもって国際関係のパワーバランスをめざす。
そうしたルールなり機関を信用して動くしかないんです。
そのことで、その国の元首、国民が大損した心証をもっても、毒を飲まされた気分になっても、国際関係の平和的な秩序をまもることを優先すべきだと考えます。
優等生的な意見を言っているのではなく、その方が機能的であり、安全性が高い。事は簡単に進みませんが、そこに注力したい。これが、今のところの私見です。では。
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Unknown (スナフキンÀそれ誤解です)
2022-06-18 19:37:00
私はウクライナ侵攻に反対ですし。プーチンがディープステートへの抵抗者であると言う陰謀論者に反対。メロンぱんち様の処で知り合った論客な方とも、それが原因で喧嘩別れしてますしね。
人をクサする気はないから、仔細は書きませんけれど。
評価していたのはヒトラーが数年で失業率0にしたような豪腕についてですよ。ヒトラーの場合は国防軍に若年失業者を吸収するという荒業があったのですが。でも庶民が集合住宅に住み、ワーゲンの低価格車に乗ってドライブにゆくような社会にしたのは事実です。だからって祖国を結果として荒廃させたのは変わらない。ユダヤのアレはやっては絶対にいけない事でした。ウクライナも同じですよ。
乱世のリーダーとしての手腕を買っただけ。
でも、トルコのグスタファ・ケマルのように、イスラム社会を女性進出させ、教育を徹底し、小アジアにこもり、決して二次対戦に参加しなかった。そういう乱世の後を起動に載せて平和運営してゆく力はプーチンになかったかと。似たような乱世の祖国を立ち直らせた英雄に、エジプトのサダトや、悪名高いがヒトラーの参戦要請を昼寝で断ったスペインの
フランコみたいな何かはなかった。
彼らは武力で権力掌握しましたが、世界の流れは無視して二次対戦へ参戦せず、国内整備に務めましたからね。プーチンとは違う!!
早死すれば英雄でいられたものを。
中国もそうですが、専制的な軍隊というものは必ず腐敗します。
彼らを裁ける存在がいないので、自己都合で横流しや汚職をやるし、
自己都合で大本営発表したり、作戦立案したりする! 
当然に現場は混乱し、そりゃあ負けますよ!
軍隊が強くあるには、ある程度の風通しが必要なのです。アメリカは戦闘中の人道に関して、将軍でも軍事法廷に引っ張りますでしょ??
プーチンロシアの軍は、かつての大日本帝国の陸海軍と同じで、アンタッチャブルになっていて、それ故に実戦に弱くなってます。
今後、ロシアは凋落してゆくのではないですかね。中国のシンクタンクもそう言ってたし(削除されてます)
問題はロシアが、あまり弱くなると、中央アジアの火種に乗せる漬物石が外れる事ですね。新疆に及べば中国は海洋進出どころでなくなるが、
喜べない。だって内陸でイスラム原理主義か広まるという事は、
海伝いにインドネシアにも原理主義が広まるわけで、中国とは別な形でシーレーンを危うくしますから。日本にも来る!
いずれにせよ、ウクライナとロシアの小麦輸出はアメリカと肩を並べます。化学肥料の生成にはにはロシアエネルギーが必要ですし。
さらに肥料に、必須のリン鉱石もロシアがシェアトップ。それはアフリカや中東を混乱化させますでしょう?
でもEUは難民はもう限界でせう? 
この先どうなるやら??
プーチンに死んでもらうしかないんでしょうね。合掌!
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了解とお願い (小寄道)
2022-06-18 20:37:16
そこまで洞察されていたのですね。私の誤解でした。
今後は、細かいところについては、是々非々で論じましょう。その方が、誤解が生まれることが少なくなります。

話は変わりますが、コメント投稿が毎回、同じものが2回届けられます。消失を避け、安全を期しての配慮だと思いますが、こちらが呆けていて同じものを公開したことがあります。
たぶん、1回で大丈夫だと思うのですが・・。よろしくお願いします。
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