鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

313 抒情の時代

2023-09-07 13:00:00 | 日記

9月に入っても未だに秋は来ないが、鎌倉はまだ良い方で夜は冷房を止めても眠れる日が少し増えた。

昔を思い返せば秋の夜長に窓を開け、涼風に虫の声を聴きながらの読書は良い物だった。


そんな秋の夜に選ぶ本は、やはり古き良き抒情的な詩歌集が多い。



(抒情小曲集 初版 加藤まさを 純情詩集 初版 西條八十)

これまでに幾つも紹介したが、大正から昭和初期にかけて「抒情〜」と言う題の本が沢山出ている。

当時の詩人達の大部分は、例え表題だけでも「抒情〜」としておけば結構売れた時代だ。

日本の一般大衆が史上初めて抒情に目覚めた時代と言っても良いだろう。

自由恋愛もまだ少数の人にしか許されなかった時代なのだ。


また抒情の時代と大正浪漫の時代は重なっている。



(抒情詩選 西條八十 初版 真鍮水差 1920年代 宋胡禄 19世紀)

竹久夢二らの詩画集も副題に「抒情〜」と付いている物が多くある。

室生犀星も佐藤春夫も荻原朔太郎の詩集も皆最低一冊は「抒情〜」がある程で、こうなると当時の出版業界の流行に乗った販売戦略だったのだろう。

それらの詩集は今も大人気で、初版の美麗本など高価すぎてこの隠者如きにはとても手が出せない。

しかしその反動か飽きられたのか、敗戦後に抒情は一斉に廃れた。

戦後の俳句界では短歌的抒情はダメ、短歌界では古臭い抒情はダメ………

そしてその後昭和の出版界は伝統文化否定、欧米文化礼賛が流行となった。

そんな訳で抒情と浪漫が好きな私の蔵書の八割近くは戦前の本となっている。


そもそも抒情やリリックは古今を問わず人間の普遍的な感情の一つなのだから、古いとか飽きたとか言う問題では無いだろう。



(抒情歌 初版 川端康成 益子焼カップ 昭和初期 瀬戸水滴 明治時代)

鎌倉文士の雄川端康成の「抒情歌」は、戦前戦中に書かれた作品をまとめて戦後間もなく刊行された短編集だが、抒情的な要素はほとんど無いのに題だけ「抒情」だ。

ついでに「歌」の要素も一つも無い。

販売戦略もここまでやられると、逆にあっぱれだ。

これを最後に題に抒情と付く本はほとんど消えて行った。

今でも年配者の中には古い甘いと言って抒情を否定する人は残っているが、時代に流され己が本然の感情を封印してしまった人だろう。

そんな訳で真っ当な抒情を味わいたいなら、大正〜戦前昭和の古書を探すしか無い。

戦後の抒情や浪漫を探すなら、むしろ文芸よりコミックや歌謡曲の方に傑作が沢山ある。


我が残生であと何回真に秋らしい夜を味わえるのかわからないが、そんな夜が来たら読むべき本は厳選しておきたい。


©️甲士三郎



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