鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

299 幽境の珈琲座(3)

2023-06-01 13:00:00 | 日記

離俗の珈琲座で小半刻の夢幻に浸るには、古き詞華集は良き導き手となってくれる。

最近隠者が珈琲時に好んで読んでいるのが、西洋の古詩をちゃんとした文語韻律で訳してある明治〜戦前昭和頃の訳詩集だ。


まずは最も簡素な道具立てで小さな詩集と珈琲を味わおう。



(ブレイク選集 初版 山宮充訳 珈琲碗 バーナードリーチ工房作)

この可愛らしい詩集は恩地孝四郎装丁で、大正期に流行した挿絵入り豪華袖珍本(小型本)シリーズだ。

巻頭の春夏秋冬4篇の詩は圧巻の出来で、詩画人ウィリアム・ブレイクの荘重な自然観が味わえる。

ギリシャローマの神話を継いだイギリス浪漫派の格調高い詩は、珈琲の香と共に俗世を離れた夢幻世界に誘ってくれる。

古詩に合わせカップ&ソーサーもバーナードリーチ工房製の最も古風なデザインの物を選び、英国の重厚なる神韻の詩に敬意を捧げよう。


当時の訳詩集には天金で革やクロス貼りの格調高い装丁が多い。



(月下の一群 復刻版 堀口大学訳 青南京ポット ボウル 瓶 清朝後期)

歴史的な名訳詩集である堀口大学の「月下の一群」は、さすがに日本語の韻律もしっかりしていて詩魂もある。

実は初版本も持っているのだが、余りにも表紙がボロボロなので写真には復刻版を使った。

この書に比べると後世の翻訳家達の散文調口語訳はがっかりするほど俗化していて、学生や若い人達には到底おすすめ出来ない。

原詩から韻律を省き口語自由律で意味だけ訳したものは例えば和歌や俳句の七五調を崩して平文と堕すに等しく、真っ当な訳詩を読みたいなら上田敏、永井荷風、堀口大学ら戦前の詩人達の品位ある文語韻律の翻訳以外はお薦めできない。

原語で読めば良いと言われればそれまでだが、そう言う人は原作を凌駕する蒲原有明訳の凄さなどは多分ご存知無いだろう。

さてフランス詩なら珈琲もカフェオレが良いだろうと、清朝後期の青南京手のポットとボウルと花器を揃えた。

この珈琲座なら100年前の鎌倉文士達が奪い合うようにして読んだ西洋詩への憧れを感じられるだろう。


次は長雨を晴らすような明るいイタリア紀行の古書。



(ヴェネチア風物誌 初版 レニエ 窪田般彌訳 白釉花入 小代焼珈琲碗 昭和初期)

レニエの「ヴェネチア風物誌」は地中海の光溢れる詩的な紀行文で、鎌倉も明るい海辺の古都と言う共通点があって参考になる本だ。

レニエはフランス象徴派より少し前の作家で永井荷風が相当入れ込んでいて、荷風の訳詩集「珊瑚集」の中の「仏蘭西の小都會」はその気持ちの伝わる名訳だと思う。

花も今回はイタリア風に飾り付け、初夏の窓辺の光で眺めながらの高雅な珈琲座だ。



昨今では一般大衆向けの出版社の都合で与謝野晶子や泉鏡花の口語訳本まで出ていて日本語である文語でさえ異国語のような扱いだが、元々文芸の愛好家など全体の1割もいなかったのだから詩歌を解する人数なんぞ今も昔もそう大差無い。

珈琲と古詩と言う無上の悦楽を知る、ごく限られた者達に幸あれと祈るしか無い。


©️甲士三郎



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