鎌倉の隠者

日本画家、詩人、鎌倉の鬼門守護職、甲士三郎の隠者生活

127 迎春の歌神

2020-02-06 14:15:00 | 日記

我家は旧暦で暮しているので、今週は旧正月の儀式が幾つかある。
まずは大晦日、世間では追儺(鬼やらい)の日に鬼門に向けて伝来の護法剣(前出)を振る。
建前上私は幕府の鬼門守護職なので、丑寅方面からの邪鬼の侵入を封じる訳だ。
元日は龍脈に御神酒を注いで春の青龍の目覚めを促す。
歳時記では春は「竜天に登る」と言い、秋は「竜淵に潜む」となっている。

そして和歌の女神である衣通姫(そとおりひめ)に御供えと歌を捧げた後は、何日間でも存分に春の宴(うたげ)を続けられるのが世捨人の特権だ。
今日は歌神と、明日は花精と、または花鳥浄土に神仙境に祝宴は尽きない。

(衣通姫絵姿 室町時代 探神院蔵)
立花は寒中三友(松竹梅)で色味が地味な分を金彩の九谷徳利で補い、祝賀気分を出している。
御供物は私は糖質制限で食べられないが、春らしい明るい緑の鶯餅で姫様に喜んでもらおう。
庭に来る鶯や目白もだいぶ活発になって来た。
---首傾げ彼方(あなた)に起り幽かなる 歌を感じる小鳥の仕草---

普段隠者は歪み汚れた古陶ばかり使っているが、流石に春の祝宴は華やかな色絵金彩磁器を並べる。

(古伊万里花鳥図大皿 江戸時代)
花鳥の楽園を描いた彩り豊かな器揃えで、旧正月を寿ぐのも儀式の一部だ。

昨年の正月は食事制限もあり静かにやったので、今年は見た目だけでも少し派手にやろうと思う。
禅語でも高悟帰俗と言うし、隠者の庵にも浮世の色を加えようと昔集めた美人画を引っ張り出してみた。

(肉筆美人画 藤麻呂筆 江戸時代)
藤麻呂は歌麻呂の高弟で版画より肉筆画に定評があり、この大幅を飾ると隠者の幽暗な部屋も一気に明るく華やぐ。
この絵の前で七日七晩の酒宴に浸り、飽きれば探梅に鶯の初音にと、残余の春を精一杯味わい尽すつもりだ。

旧暦の正月の良さは自然界の動植物と人間とが、春の訪れを共に一期(いちご)に喜べる所にある。
新暦暮しの読者諸賢も、今一度旧暦で迎春の宴を開いても罰は当たらないと思う。

---美人画を留守居に掛けて春の旅---

©️甲士三郎