カイロじじいのまゃみゅむゅめも

カイロプラクティック施療で出くわす患者さんとのやり取りのあれこれ。

墨攻

2008-10-24 18:56:28 | 本日の抜粋

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*墨家は、歴史上の資料があまりに少ないため謎が多い教団であるが、反侵略の思想、すなわち侵略行為は人間の行いの中で最大の不義であり、断じてこれを認めない、という立場だったとされる。もちろん、単に「侵略はいけない」「戦争はよくない」などとごたくを並べていただけではない。現代であれば、安全な場所で正論を振りかざすことは可能だが、当時はそんなことが許される状況ではなかった。権力者を批判する発言や行動は、すなわち死を意味していたのである。
 正義なき力は暴力なり。力なき正義は無力なり。
 墨家の理念こそ、まさにこれだった。侵略に遭う弱小城郭の求めに応じて無報酬で指揮官を派遣、徹底抗戦して守り抜いて見せることで侵略国に不義を思い知らせることを本分としたのである。そのために墨家ではさまざまな戦術が研究され、高度な科学技術を発達させていた。「守り抜く」ためだけに。

 *そして墨家はある程度、それを達成してきた。実際、派遣された白では大いに活躍し、諸国に名を知らしめた。
 しかし人間同士の殺し合いは一向に収まらない。墨者が小さな城を守っている間にも、別のところで次々と侵略がなされ、殺害と略奪が続いている。
 そうするうちに、やがて田襄子に、新たな理念が芽生えた。非攻を実践するのは何のためか。単に小城郭を守るためではない。平穏と秩序をもたらすという、大目的のため。
 小城郭の守りをいくら繰り返したところで、この大目的を達成することはできない。まずはどこかの国に全土を統一させ、その最高権力者を操ることによって平穏と秩序を実現させた方が、大目的は単なる理念に終わらず、近い将来達成されるはず、、、、、。
 そして田襄子らが目をつけたのが、諸国の中でもとりわけ野心が高い秦の王だった。

山本 甲士 『墨攻』より 小学館

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この小説に先行して劇画『墨攻』映画『墨攻』が大ヒットしたらしい。
劇画をヒントに小説が描かれるなんて、一昔前なら考えられない事である。最近の劇画、漫画の質の高さの証明である。
徳さんもせっせと劇画、漫画を読むとしよう。

小説自体の面白さは小説にお任せして、、、。

確か高校時代の歴史か倫理社会で、墨家というのは名前だけ覚えさせられた。
老子、孔子、孟子と並んで墨子と覚えた。
試験では内容まで立ち入りません。しかし、名前だけは覚えろよ、と。
何ともお寒い教育を受けてたものだ。
その名前だけのかすかな記憶と、その内実が結びついたのが40数年後という訳だ。

当時、社会科の先生たちは平和教育に熱心だったが、二千四百年前の中国の非戦の思想を参考にする人は一人もいなかった。そこに平和教育の教材があったのに、、、。

第2次世界大戦への直線的な嫌悪感が先走り、歴史の冷静な分析など二の次のようだった。
高校3年の2学期には全ての科目が途中打ち切りとなり、大学受験に備えさせられた。
歴史の場合だと、丁度大戦後の現代史が抜け落ちることになる。徳さんたちは歴史から一番学びたいところだけを迂回させられたのだ。

徳さんがこの墨家の振る舞いと、その消長に関心を持ったのは、墨家が3代目の代で秦の始皇帝を利用せんとして、利用され抹殺されたからだ。
平和教育は大事だが、過去の平和教育が何故無残にその時々の権力者に無視されるのか?といった自己反省的な平和論に出くわしたことがない。






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